2008年11月12日

何の訓練?

昨日の午前中、ちょっと用事があって街中に向かうと歩道に看板(→)
同じ場所を午後から通ると、須部都川の河川敷で(←)テントと人。

河川への油流出に関する防災訓練をしていたとのこと。
(正確には、午後からの訓練。私が目撃したのは準備作業。)

石狩川下流域(岩見沢、美唄、月形)の自治体で、毎年持ち回りで訓練をしているとか。
月形町からは役場の総務課危機管理係(と、消防署の職員)が参加していたとのことです。

知らないところで、私たちの暮らしを守る訓練が日々繰り返されているんですね!
ありがとうございます。
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にしても、滅多に見ることのできない訓練の様子、近くで見てみたかったです。
私の場合、たまたま看板を見つけて「へ〜、訓練やってるんだあ。」と解ったけれど
一般の町民の中にも「そんな訓練やっていたなら見たかったなあ。」と思う人もいるのでは?
まして消防団の方なら「参考までに見てみたい。」なんて思ったりして。

大きく宣伝はしなくてもいいけれど、どこかに情報がでていたらいいのになあ、と思いました。

行政と住民、相互理解を進めるには「まずは知ること、知らせること。」
こんな事まで(!?)と思われるかもしれないけれど、
小さな事の積み重ねが、心に響いてくるように思うのですが・・・

皆さんはどう思いますか?

2008年11月03日

第28回子供会親睦ミニバレーボール大会

今日は文化の日。この祝日に月形町総合体育館では子供たちのミニバレーボール大会が開催されました。

例年のことながら白熱した試合に会場中が湧き上がり、参加している子どもだけでなく応援の大人達まで「子供会=地域」対抗で楽しみました。かく言う私も試合に夢中になり、競技中の子供たちの様子を写真に収めるのもすっかり忘れて大声で叫んでいました。

この大会前の2週間、夜(午後6時〜7時半)の体育館は子供会のために開放されていました。そこには子供たちだけでなく指導や様子を見守る大人の姿があり、近所のおばちゃん(お母さん)おじちゃん(お父さん)が、他人の子どもに遠慮なく声をかける場面が普通に見受けられました。
また大会当日には体育指導員や体育協会の方々が審判や大会運営に携わり、子どもが主役の行事を陰からサポートしてくれていました。
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私は、こういった地域活動が本質的な「協働」であると感じるようになりました。

今まで「協働」というと「お役所の仕事を住民が請け負う」あるいは「官民が協力して物事に取り組む」、つまり主体が行政でそれに住民が付き合うようなイメージでした。「行政のスリム化のために住民負担が増える」あるいは「行政の下請け」という感じです。いくら行政側が「行政と住民は対等で、物事の解決のために共に汗を流し協力し合おう」と言っても、その手法や事例が、行政側の問題を解決するところから出発していたために、誤解していました。

住民が普段の生活の中から「みんなで協力し合った方が良い結果に繋がる」と考え、自主的に協力することになれば理想的な「協働」になると考えます。そのためには、まずはそれぞれ(行政、住民、個人)が自分のやるべきことを真摯にこなすことが大事です。その上で情報を公開(どんなことをしているのか、何が問題なのか、どこが大変なのか・・・)し、皆が共通の認識のもと必要と感じることに協力する。言葉では難しくなってしまいますが、実際には「あの人が一生懸命やってるけど、一人では大変だから手伝いに行くか。」という昔から行われている近所づきあいそのものが「協働」なのだと思います。

行政との間で「近所づきあい」が成立するためには、まずは行政が物事を一生懸命やること、そしてそれを住民が分かるように公開すること。知らせる努力なしに理解は深まらないと思います。

2008年10月19日

第56回北海道女性議員協議会(DIG・その2)

今回のDIG演習は、佐々木先生が普段行っているものとは若干違ったようです。DIGを使って「身の回りにある危険に気づく」というより、「DIGの手法を使った、まちづくり・人づくりの可能性」に重心を置いた講義でした。これは、私たち参加者が全て議員で、地元に帰って「防災」「まちづくり・人づくり」を企画し主体的に進める役目を担っているからなのだと思います。

佐々木先生はDIGを説明しながらも、行政と住民の様々なギャップ(行き違い)とその解消法について、お話しくださいました。
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◆これからは地域住民(住民力)を育てるソフトの時代
◆災害は誰の身にも平等に起きる。防災をテーマにすることで住民全員、地域全体が同じ土俵で考えることができる(→まちづくりに応用できる)
◆防災をハードとソフトの両面から考えなければならない。行政は今までハードに力を注いできた(建物の耐震基準、備蓄品等)

◆情報は広がりにくい。聴く側への配慮が重要。
 例)避難所では情報が次々流れてくる。聴く側は「聞き逃したくない」という心理が働き、トイレにも行くことができない。→ 案)時間を区切って情報を出す。経時的に情報を貼りだす。
◆今まで起きてないから、これからも起きないだろう(正常化の偏見)=人間の心理
 → この考えを修正するには「知識が必要」→ 自分のものにするために「訓練が必要」
◆今まで行政は「防災ハンドブック」等、配ったところで仕事を終えていた(ハード的作業)
 →(活用してこそ生きる)→ 活用の方法(やり方)を教える(ソフトの充実)

◆DIGを行うには、1班4〜5人、作業台は事務机がベスト
 (コミュニケーションがとれる人数、距離) 
◆DIG演習時の地図使用、注意が必要(著作権)
◆災害時本当に必要なものは何か?
 ・厚底の靴(サンダル)を寝室に:夜の災害に備えて。暗闇での危険と不安を除くため
 ・ダンボール箱と厚手のゴミ袋 :いろいろ使える。水も運べる。
 ・避難所(体育館)へは毛布より座布団:床からの振動・冷えは心身の疲労を増す
 ・「落ち着きなさい!」という声かけ:気づかずに気が動転している
 ・「3日分の食糧備蓄」は住民のマナー

◆DIG演習を終えて気づいたこと
【避難時】・ペットをどうする?:心の癒し←→共同生活
     ・連絡先を玄関に貼る
     ・ブレーカーは高い位置に設置されているので、高齢者には手が届かない
      (独居の高齢者に配慮。若者とのペアリングで対処)
     ・入れ歯、薬、生理用品、ベビー用品(世代によって必要なものが違う)
◆災害時要支援者になりうる人
 ・障がい者、独居の高齢者、寝たきりの人、妊婦
 ◎小さい子どもが沢山いる家庭
 ◎消防署職員・公務員等の家族(災害直後からしばらくの間不在)
 ◎昼間独居の高齢者
 ※災害時助けて欲しいか?欲しくないか? 町内会等でアンケートを取ることによって状況把握
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佐々木先生の記念講演(DIG演習)は、とても濃密な3時間でした。様々な「気づき」もありましたし「可能性」も見えてきました。地元の町内会や行政区でやってみたい!!

防災に関する知識があるのと、体験するのは雲泥の差だと思います。大がかりな避難訓練は経費も時間もかかりすぐには対応できませんが、DIGならば様々な状況設定や対象者を変えて何度もできると思いました。
『知識を補完するのが体験、それを自分のものにするのが訓練』

月形町は様々な施設が多く特殊な環境だと思います。災害時に緊急招集されるのは、刑務所・消防・役場・病院・老人福祉施設・福祉施設の職員。地域のグループホームで生活する障がい者も増えているので、その方達とのコミュニケーションも重要です。70歳以上の方が1,000人(人口の1/4)。

ざっと考えただけでも危機管理の重要性は高いのですが、実際に準備はできているのか? 疑問と不安が残りました。議員として、地域に住む者として、家庭の一員として、私にできることはたくさんあります。今回得たことを積極的に活用していきたいと思います。

2008年10月01日

町長選挙を終えて・1

私は今回初めて「議員」という立場で町長選挙を迎えました。議員として町長選挙にどのように関わればいいのか、私にとっては頭を悩ます問題でした。

周囲の話を聞けば
「地方議会は二元代表制なのだから、与党も野党もない。関わるべきでない。」
「議員が前に出て町長候補を応援するなんて、おかしい。」
このような意見が大半でした。

一方、前回までの町長選挙の折、一般町民としてその選挙を見ていた私は
「町民の中で、行政に最も近いところで仕事をしているのは議員。その議員から見て、次の町長は誰がいいと思っているのか、なぜそう思うのか、各議員の考えを聞いてみたい。」
しかし現実には公の場で「考え」を聞く機会はなく、選挙事務所でお手伝いをしていてもその機会はほとんどありませんでした。結局、判断材料の少ない中で選択しなければならず、不満と疑問を抱え、もし自分が議員になったら・・・と思うようになっていました。

そんな私のモヤモヤを払拭してくれたのが、栗山町議会の橋場議長と中尾事務局長でした。
「栗山町長選挙の時は議長が先頭に立って応援していた。」
「選挙は選挙、議会は議会。是々非々で議論するのに選挙の応援云々や結果は関係ない。」

実に明解。目の前の霧が晴れた私は、もし今回の選挙でその「場」を与えてもらえたのなら、自分の考えを伝えようと強く思いました。結局、選挙戦初日郵便局前での出陣式から最終日の打ち上げ式まで、街頭演説という機会を数多く与えていただき、町民の皆さんにお話しすることができました。
ただ充分であったとは言えないので、ここで再度自分の考えを記しておきたいと思います。
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私は「まちの力をまちづくりに」をスローガンに、議員になりました。
月形町では一人ひとりがそれぞれの環境や立場で努力し、輝きを持って生活しています。その一つ一つの力をまちづくりに活かすことでより良い町ができると私は信じ、議会活動をしてきました。しかし町民、議会だけではまちづくりはできません。それを受ける行政もまた同じ認識を持ち、皆がともに協力し合うことが大切です。つまり「まちづくりのキャッチボール」ができる相手が必要です。

この視点から二人の候補を見たとき、私は現職の櫻庭誠二さんとならこの「まちづくりのキャッチボール」ができると感じました。私が議員になって1年半が過ぎますが、その間、様々な質問に対して誠意を持って答えてくれましたし、提案に対しても良いものは積極的に取り入れ、ダメなものはその根拠を示しながらキチンと否定する姿勢を示してくれました。物事を何でも受け入れるのではなく、自分の信念や現実と照らし合わせて投げ返してくれる姿勢は、これからの「まちづくり」に必要不可欠です。

また「共に協力し合う」という点では、近隣の市町村との連携においても同じことが言えます。今までも医療や介護、消防や水道などで連携してきましたが、今後より一層人口が減少し高齢化が進むと、今まで以上の結びつきが必要であり重要になります。その時には目標に向かって議論する姿勢と共に、相互の信頼関係が何よりも大切で、この点からも櫻庭さんがより適任だと考えます。
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9月28日の選挙では、櫻庭誠二さんが再選されました。これで「まちづくりのキャッチボール」が思いっきりできる条件が整いました。
選挙の応援はそれとして、二元代表制に与党も野党もありません。私はこれからも町民の目線で議員活動を続け、一つ一つの物事に対し是々非々で望んでいきます。強いていえば選挙戦を応援した分、今まで以上に厳しく櫻庭町政をチェックしていきたい、それが地方議員としての責任であるし、私の仕事だと思っています。

2008年09月20日

え”っ、また辞任!

「太田農水大臣が辞任」を聞いたのは昨日の農作業中、ラジオニュースで。
「え”っ!」
つい声が出てしまった。何でこのタイミングなんだろう?
そういえば、福田首相が辞意を表明した時も同じ状況で聞いたし、声も出た。

国会議員の責任て、(役職を)辞めれば済んでしまうのか? 理解できない。
私が思うに、大臣の仕事の多くは後始末だと思う。

国の施策は構想から実現まで、実に長い年月を要する。だから大臣に就任したときに行われている施策の多くは前任者から引き継いだもの。上手くいくように作ったつもりでも、実際に運用すれば問題が出てくるのは当たり前。それを根気よく(あるいは大胆に)国民のためになるように、時代に合うように、変更・改良していくのが仕事の本質だと思う。
だから問題が出てくるのは織り込み済みで、いかに対処するかが大臣の力量であり責任だと思う。謝るだけ、問題提起するだけ、責任とると言って辞めるだけでは問題外。

汚染米問題は重大だけれど、他にも対処しなければならない農水関係の問題・課題は山積み。
どうするんだ?! 
それでなくても農業問題は解決に時間がかかるのに。

去年の4月にこのブログを書き始めた頃は松岡氏が農水大臣だった。すぐに自殺、農水大臣が替わった。そして今回の太田氏を含めて4人。政府は一次産業をどう考えているのか? 言葉では「農業は国の根幹」「食育=食が人を作る」「食の安心・安全」と言っているけれど、1年半で4人も大臣が替わるなんて、この事実からは何の誠意も、情熱も、真実も伝わってこない。

2008年09月07日

北海道自治体学会フォーラム in えにわ(感想)

今回のフォーラムでは、実践例を中心にその問題点と解決策や理論的裏付け等のお話を聞くことができ、普段の行動を一歩進める勇気をもらった気がします。迷いが晴れた分、思い切って、自信を持って、今までのやり方を推し進められます。

それから一つ気付いたことがあります。月形町の議会や行政はまんざらでもないということです。

今回、知事や市長や市議会議員のお話を聞いたわけですが、そこで問題になっていることの多くは月形町ではクリアされています。
人口が少ないため(4,000人)多くの人が何かしらの「役」を持って行政や地域に関わっているということ、地縁・血縁がしっかりと残っているために情報網や監視能力が発達しているということ、過疎・高齢率の高さ・低所得等から協力し合わなければ成り立たない厳しい場面があるということなどから、議員と町民と行政との間に「顔の見える関係」が成立しています。そのために慣習や直感で多くのことが良い方向に解決できていると考えます。

もちろん、月形にも問題点はあります。ただその質が都市部とは違うということを再認識しました。
地方自治であるならば、それぞれの問題をそれぞれの解決策を持って対処していかなければなりません。国や道に期待したり、都市部ばかりを見て参考にするのではなく、自分の町の良いところを充分に認識しながら、独自の取り組みで解決すべきと強く思いました。
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私は議員になって2年目ですが、議員になる前に議会や行政に抱いていた疑問や不満は随分薄れてきました。それは今まで見えていなかったものが見えてきたからだと思います。月形町議会は思いのほか自由(会派はなく、提案・議論・採決も個人に任される)で柔軟であり、問題解決能力を持っていました。行政もしかり。

しかし、これらは議員になってから見えてきたこと。つまり町民には知らされない場面で行われていたということです。活発な議論は非公開の議員協議会が中心、行政からの情報発信もニーズに合っているとは言えません。
知れば、知らせることができれば、議会も行政も信頼を得ることができると確信しました。

そのためには「透明性」です。何も隠すことはないし、今までやって来ていることは充分「透明」に耐えられます。

そこで私の役割は「自分の活動や考えを積極的に公開していくこと」。
私は常に「開拓者」なのです。

2008年08月24日

生産地は人手不足!

我が家は切り花を生産する農家ですが、今年は春から人手不足です。例年通りハローワーク等を通じてパートさんを募集しているのですが、応募してくる人は少なく、特にこの1ヶ月は皆無に近い状態でした。

条件等は今までと同じ、世の中は不景気。変化があるとすれば「石油の高騰」です。

最寄りのハローワークは岩見沢にあり、そこに足を運んでいるのは岩見沢市内や近郊の人がほとんどで、月形まで通うには距離(約23km)があります。交通費がかさむ今、あえて遠いところまで働きに来る人はいないのでしょう。

町内で人手を確保しようとチラシを出しても、これもまた厳しい状態です。仕事をしたい(できる)状態の人は既に仕事を持っていますし、働き盛りの人口は減少中。
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この人手不足は我が家だけの問題ではありません。

今まで町内で人手を確保していた農家(花、米、野菜など)では、パートさんの高齢化が徐々に確実に進んでいます。不足分を新たな人手で確保しようにも、それは我が家同様見つからないとか。
町外の人材派遣会社などを利用して当座をしのいでいるとのことですが、仕事の熟練度や単価など問題もあり、長い目で見れば問題解決には至っていません。
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生産地とは農産物を作り出すところ。
そして「物」だけでなく「労働」も「お金」も作り出すところ。

しかし今(あるいは、これから)、生産地では農産物を作り出せないほど人手不足に。
せっかく「モノ」を作り出す力があるのに・・・。
都会にはニートと呼ばれる若者が沢山いるのに・・・。

「最低賃金の改定」
「生産資材の高騰」
「単価の低迷と経費の向上=手取りの減少」
「農業の生産性(換金率)の低さ」
「地球温暖化(環境の変化 → 作型・栽培種の変化)」

農業を続けていくために考え、工夫しなければならない点がたくさんあります。

「ピンチこそチャンス」 視点を変えねば!

2008年07月15日

全国一斉休漁 と 空知農民緊急集会

今日は全国の漁業者(20万隻)による「一斉休漁」が行われ、マスコミが大きく取り上げている。燃油高騰により採算割れしていることのアピールで、現代漁業は石油がなければ成り立たないという現実を突きつけた。

「油は高い! 魚は安い! 私たちに死ねというのか!!」

と叫んでいる女性漁業者代表の鬼気迫る表情と迫力、そしてその言葉が印象に残っている。
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一方、昨日、岩見沢において空知農民連合主催の『生産資材高騰による経営危機を打開する! 農民緊急集会』と『デモ行進』が行われ、全空知から1,500人もの農業者が結集、月形からも約40人、私も参加してきた。
 
この集会では、原油や生産資材等の高騰(特に肥料は昨年比6割強の値上げ)による生産コスト上昇と採算割れをアピールし、以下の点の改善要求を決議した。
◆肥料高騰に対する対策
◆生産者支援策の実施
◆農産物の生産費を価格に転嫁できる販売システムの構築
これらは来る7月16日の『全道農民代表者緊急集会』に提起されるとのことだ。

デモ行進は会場の東山公園から市役所をとおり、駅前の繁華街を抜け空知支庁までの2.5km。時にシュプレヒコールをしながらのデモ行進に、街を歩く人達は「何事か?」と戸惑っている人や、手を振って応援してくれる人、迷惑そうな顔の人など反応は様々だった。
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今回の漁業者と農業者のアピールは、普段の消費社会で置き去りにされている一次産業の抵抗である。最近の物価上昇は日本全国同じように起きているにもかかわらず、農産物の価格(特に農家の売り上げ)には全く反映されていない。常にしわ寄せが来るのは弱い立場のところだ。

また『現代の一次産業は石油なしでは成り立たない』という現実を突きつけた。エネルギー自給率4%は食糧自給率39%以上に深刻な状況かもしれない。今回のアピールでは『支援・援助』を唱っているが、一時的な所得保障より「省エネ」や「脱石油」のための技術導入、あるいは持続可能な生産構造の構築に対する支援と援助であって欲しい。

昨今、食糧自給率を上げることに対して国民の合意形成ができつつあると思うが、現実のものにするためには「痛み」をともない「転換」も必要。国の政策の遅れは最大の問題点であるが、「何処で作られているか(産地)」より「いくらか(価格)」が優先する消費行動では自給率は上げられない。

例えばブロッコリー。国産200円、外国産150円。国産は3割強高い。しかし実質は50円高いだけ。
日本人のエンゲル係数は年々低下しているうえ、昭和の頃に比べ所得が伸び、外食や中食が増えた現代では食材の占める割合も低下している。つまり、純粋に農産物に対して払っているお金はそう多くはないのではないか?

服を1枚買い控えたり、何気なく使うティッシュをやめたり、エアコンをかけたままの車のアイドリングを止めたり・・・。ちょっとした生活の見直しで充分捻出できる金額ではないのか?

私が農業者であるから、こんな風に考えるのかもしれない。しかし、今のままの食糧生産構造が続いていったら消費者のために農産物を作る農業者はいなくなる。(どんな状況下でも自分の食べる分は自分で作ることができるから農業者自身は困らないが・・・)
自給率の向上どころではなく、食料安全保障の問題が出てくるだろう。


国は、消費者は、これでいいのか?

2008年05月02日

『一人一役』と『当て役』

私は以前から『一人一役』が理想だと思っている。

月形のような小さな町であっても、様々な分野の色々な役がある。役を受ける側とすれば、一役に集中することによってより深く濃く関わることができると思うし、役をお願いする組織としては、否応なしに沢山の人に参加してもらうようになり、活性化すると考えるから。

しかしながら現実はそうはいかない。『当て役』なるモノが存在する。下部組織の役に入ると自動的に別の組織のある役になっているというアレ。私自身も様々な当て役(もちろんそれ以外に自由意志に基づいて参加している役もあるが)を受けている。

議員になる前、私はこれらの当て役に非常に抵抗があり、できるだけ受けないようにしてきた。しかし最近この『当て役』が『組織の繋がり』にとって重要で、また自分自身の知識の広がりや深みに役立っていることを理解できるようになった。でも、でも、やっぱり、現実を見た場合に矛盾を感じる。

多くの組織で同じような顔ぶれが並んで会議をしていること、飛躍的なアイデアが少なくなっていること、緊張感が薄くなっていること・・・。各組織共通の悩みは、こんな『当て役』に起因するのではないか?。 一般公募はできないものなのか?
それに私自身(あるいは、役に携わる一部の人達のみ)の知識や見識を深くしたところで、果たして町全体の利益に繋がるのだろうか?沢山の人が少しずつでも知識や見識を増やした方が、見方や考えが広がって総合的には町の活性化の礎になるのではないか?

「公募したって応募する人がいない。」
「色々な事情で役を受けられる人が限られているんだ。」
「ほとんどの役は誰でもできるんだ。」

こんな声が聞こえてきそう。でも結局は民度の問題?それとも、組織運営の怠慢?

役の少なかった1年間に比べ、私の知識や見識は格段に広がっている。しかしアイデアはしぼんでいっている気もする。これを「良識的になった」「総合的に判断できるようになった」と捉えられては身も蓋もない。組織に活性化には新しい風がぜひとも必要だ!

2008年05月01日

議員2年目の抱負

今日は議員任期2年目の第1日。丸1年経ったのかと思うと感慨深いです。
せっかくなので、この1年を振り返ってみます。

自分では「その時その時を大切にベストを尽くそう」と努力してきたつもりです。ペース配分が悪く、身体を壊した(といってもじんま疹程度ですが)こともありましたが、馬力で攻めていくタイプの私としては、自分らしさを充分に表現できたので及第点はあげられる・・・と思います。
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議員としてのスローガン【まちの力 を まちづくりに】と、4つのポイント
1. 情報公開の推進
2. 多様な視点を活かす
3. 人と情報のネットワーク強化
4. 将来展望と行動の積み上げ
は、常に念頭に置き、議員活動を進めてきました。

1.の実績として、この【ブログ】と【ゆみこの議員活動報告書1・2・3】があります。ともに試行錯誤の段階で、内容的にまだまだ再考の余地があります。情報を公開するだけでなく、私の考えや方向性、学んだことを伝える場として、もっと活用していきたいと考えています。

2.については、定例会や常任委員会、議員協議会などで私の考えを積極的に発言してきました。議会での常識とは違っている部分も多く、問題提起や発想の転換になったこともありました。1年目は自分自身の今までの経験から出てくる発想で充分多様性を発揮できていましたが、2年目となり、私自身が議会の思考や常識を少なからず身につけたことで【多様性】【新規性】が失われていくと考えられます。自ら新たな発想を得るべく、様々な『場』に積極的に参加していきたいと考えています。

3.は今後の展開次第だと考えています。1年目は顔を繋ぐことだけで精一杯で、ネットワークの構築はあまりできませんでした。それでも議員となり行動範囲も格段に広がったため、様々な場面で多くの方々と顔を合わせ、共感を感じる場面が格段に増えました。これからも一つ一つの出会いを大切に、情熱と真摯な態度でネットワークを築いていきたいと思います。

4.については、政務調査費を全額使わせていただき、積極的に情報収集や勉強会に参加させていただいています。今すぐに役立つものだけではありませんが、世の中の流れや、発想の柔軟性、判断の軸など、地方議員として考えるべきことに取り組んでいます。今後もこの方向性でやっていきたいと思いますし、得たものを町民のみなさんに還元していきたいと考えています。
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これから2年目。
既にかくべき恥はかいていますし、度胸もついてきました。
自分で定めた『道』をこのまま突き進みたいと思います。

まだまだ発展途上の私ですので、みなさん、どうぞご指導くださいませ。
ご意見、ご感想などお気軽にお寄せいただければ幸いです。

2008年04月28日

年度末・年度始めで、総会・役員会続き

世間同様、3・4月は年度末・年度初めで、各種団体の総会や役員会が開かれています。
私も色々な団体に所属しているので、そこに出席する機会が数多くありました。

・田園空間博物館「樺戸地区」「月形支部」総会
・月形町体育協会総会
・市南行政区総会・役員会
・市南1・2町内会役員会
・三輪子供会総会
・月形中学校PTA総会
・月形小学校PTA総会
・地球を愛する会@月形役員会
・ママさんバレー美唄連盟総会
・ママさんバレー月形ポパイズ総会

各団体によって総会の雰囲気は違いますが、いずれも【会員数の減少】【行事参加者の減少・固定化】が問題になっています。これは『過疎化の進む地方自治体』の問題と共通しているのは言うまでもなく、これらが解決できれば町も活性化するのでしょう。果たして解決できるのか・・・。

総会や役員会の参加者、ひいては住民が「自分達のこと」として捉え、問題意識と危機感を持って取り組むことからしか始まらないと思います。
自分の想いを伝えたり、意見を言ったりすることは少し恥ずかしいし、わずらわしいこともあるかも知れません。でも言葉を発しなければ、行動を起こさなければ、問題は解決しないのです。新しい波を自らの行動で作っていきませんか。

私はこれからも「想いを伝える側」でいたいと思います。

2008年03月21日

『話す』と『書く』の違い

『話す』ことで考えをまとめたり新しいアイデアを得ていた私にとって、人に会うことや議論すること、たわいのないおしゃべりも「人生の栄養」でした。
議員になって『話す』機会は増えましたが、『書く』ことも数段増え(ブログの書き込み、活動報告書の作成、一般質問の原稿づくりなどなど)、結果ここ数ヶ月は『書く』ことが私の表現の中心になっていました。

こうなると自分の考えを『話す』のがヘタになってくるから不思議です。結果、伝わらなくなり、人と『話す』のが億劫になっていきました。
本来『話す』ことで人生の栄養を得ていた私が話さなくなる → (人生の)栄養不足で疲れが見える。勢いがない。新しい芽が出ない。 → ますます人と話したくなくなる → ますます萎びる → → →どんどん悪循環に・・・。

そんな折り「地球を愛する会@月形」「まちづくりNPOふきのとう」「ママさんバレー・ポパイズ」の活動を通して仲間と『話す』、3月定例会で『話す』、家族とこれからについて『話す』・・・
次第に感覚が戻ってくるのを感じました。

『話す』ことと『書く』ことは表現の仕方も、思考の仕方も違うんですね。

『書く』ことは考えをダラダラと帯のように吐き出し、それを後から切ったり貼ったりして一つのストーリーを作っていく作業。これに対して『話す』ことは瞬間の技。口から後戻りのできない「力の球」を瞬時に投げ合う緊張感のある行動。

日本の英語教育が『書く』ことから入ったがために、いつになっても『話す』ことができないことも、メールで会話することによって『書く』ことは歴史上最も活発に行われているにもかかわらず、周囲の人と『話す』ことができずコミュニケーションが取れない人が増えていると言われていることも、実感として理解できました。

『話す』ことと『書く』こと、どちらも大事。
だからこそ適度なバランスをとっていきたいと思います。

2008年02月27日

まちづくり研修会(地域主権出前講座)

今日の夕方、「まちづくり研修会(地域主権出前講座)」が開かれました。
研修会の対象者は町議会議員、町監査委員、町の各行政委員会員、町職員で、会場の役場大会議室はいっぱいでした。


研修会は、空知支庁参事(地域調整担当)の新出哲也氏の講演「地域主権の推進」〜道州制、支庁制度改革、市町村合併をめぐる動静〜を聞くものでした。
内容は、国・道・地方自治体がそれぞれの立場で効率化、集約化する必要があるという説明と、実際の動き、今後の方向でしたが、講演の多くの時間は「説明」に当てられました。

この手の研修会を聞く度に「地域主権(=地域がそれぞれの独自色を持って行政に取り組む)がこれからの進む方向」→「小さい自治体ではやっていけない」→「合併」という構図を植え付けられます。確かにその通りだとは思いますが、最近は腑に落ちないところも出てきました。
・効率化の名の下に小さい組織をまとめる中間組織を作り、元の組織は規模縮小しながらも残す。(→これでは組織の多層化になり本当の効率化に繋がるのか?)
・国(道州制)、道(支庁改革)、地方自治体(合併)とも同じ構図の問題を抱えており、いずれもそれぞれの組織の維持のために改革が進まない。上部組織の動きがハッキリしないので動けない。(→住民にとって枠組みの変更は大きな意味があるのだろうか? 組織に関係する人達にとっての問題だけでは?)

私は市町村合併に賛成しています。少子高齢化の進行や人口減の観点から、地域の担い手が不足し、現状を維持するには大きな枠組みでの人材確保が必要と考えるからです。ただ現状維持することが本当に必要なのか、規模縮小してでもこのままの体制を保った方がいいのか、考える余地はあると思います。
たまたま月形町は財政的に余裕があり、緊迫感は薄いです。だからこそ今、余裕のあるうちに未来について持って議論する必要があると思います。議会もそうです。

2008年01月10日

『マイ箸』を使う理由

私が『マイ箸』を持つようになったきっかけは、地球を愛する会@月形の活動です。

地球温暖化防止の勉強をするうちに、日本の割り箸の原料が中国の森を皆伐(全ての木を切り倒す)することによって生産されている事実を知りました。もともと水資源の少ない中国で、皆伐によって砂漠化していくメカニズムに納得したことと、経済的に優位な日本がお金にものを言わせて他国の資源を買いあさっていることへの反発が直接的な動機です。

それまで「割り箸は日本の間伐材の有効利用」という話しを鵜呑みにしていた私は、自分の使っている(買っている)割り箸がどこで作られているのか、気にも留めていませんでした。普通のスーパーで、50膳100円で売っているような割り箸が日本の間伐材でできているわけがないのに。
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夫も『マイ箸』を使っています。「なぜ使うのか?」という話しになりました。
「俺は、ゴミを出したくないから。自分が使っただけでゴミになってしまうようなものを使うより、自分が『マイ箸』持ち歩くことでゴミを出さないなら、その方が良いと思って。」

なるほど! 私にとって説得力のある言葉でした。でも周りの人からは
「割り箸の中には日本の間伐材を使っているものもある。経済を回すという意味で、そういう割り箸は使った方が良いんじゃないか?」

夫曰く
「経済を回すというのであれば、間伐材は別の有用な資材として活用されればいいんじゃないか。すぐにゴミになるような割り箸をあえて作らなくても、使わなくても。」

これにも納得。大量生産・大量消費に慣らされ、経済を廻すと言われればその方が優位性があると考えてしまいがちだった社会への明解な反論に正直驚きました。間伐材といえども何年もかけて育った木、一瞬でゴミにしてしまうのは申し訳ないと、私も思います。
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今、私が『マイ箸』を使う理由は・・・

私にとって『マイ箸』が、ものの見方を変えるお守りのようなものだからかもしれません。

マイ箸を使うようになってから、
世の中を『もったいない』の視点から見ることができるようになった。
『愛着』という言葉の意味を理解できるようになった。
『必要なもの』を見極められるようになった。
自分の使うものは自分で用意する → 人に頼らなくなった(かな?)。

小さなことでも一歩踏み出してみれば、世界が変わっていくことを実感する今日この頃です。

2008年01月07日

国民年金の未納率

今日の日本経済新聞朝刊1面、日本経済新聞社年金制度改革研究会報告の「基礎年金、全額消費税で」という見出しが目に留まった。年金制度の現状と問題点、改革案などが記されていた。

この中で私が驚いた事実がある。
「国民年金の未納率は34%、免除や猶予を含めた実質未納率は51%に達している。」

現行の国民年金に対する不信感があるにせよ、これ程までに未納率が高いとは!

少子高齢化が進み、そもそもの現役世代が少なくなってきている上に、社会保険庁のずさんな管理や未納があったのでは、素人の私が考えても制度が成り立たないのはわかる。かといって、現行の制度の中で信頼を高めたり、未納率を劇的に減少させることはできないとも思う。よって、研究会の報告(基礎年金の財源を保険料から全額消費税に置き換える → 税率5%上げ、保険料廃止 など)は十分理解できた。

国民年金は「国」という単位だからこそ賄えるが、大きい単位のために社会保険庁のようなずさんな管理も見過ごされてきた。分野は違うが国民健康保険(国保)の問題もある。国保は基礎自治体単位できめ細かいかもしれないが、小さな自治体にとって財政的に厳しく、相互扶助にも限界がある。また後期高齢者医療制度は都道府県単位で財政規模等は改善され良い方向に向かっていると思うが、細部の問題(高齢者が支払う保険料、基礎自治体ごとの賦課金など)で、この制度自体の土台が崩れそうな気配を感じる。

もっと議論をつくし、制度理解を進めるとともに、現場の声(制度を支える最小単位の末端者。収納者、利用者の声。)を拾って制度改善に役立てて欲しい。それが国会議員の役目であると思う。もちろん私達地方議員は、小さい声を届ける役目があるのは言うまでもない。

2008年01月01日

2008年の抱負

あけまして おめでとうございます

【写真は、2008年(平成20年)元旦の樺戸博物館本館です。冬期閉鎖中ですので玄関前には雪が積もったままですが、その前の道路は除雪が終わったばかりで綺麗になっています。】

今年の月形は雪で明けましたが、その後回復し、晴天となりました。
今置かれている月形の状況もこの天気と同じように、
好転する兆しだと捉え、前向きにいきたいと思います。

では、2008年 私の抱負。

【発する】
昨年、議員活動開始とともにこのブログを開設し、情報を発信してきました。今までの月形町議会議員にはなかった試みに賛否両論あり、それらの声を聞く中で、無難な選択肢として《町の出来事の紹介・PR》《議員活動の報告》が中心となってしまったことを、反省しています。

私が発信したかったのでは、それらの情報はもちろんですが、私自身の考えです。物事に対する私の意見や発想を伝えなければ、町議会議員となった私の役割を果たしていないと考えています。「ゆみこの議員活動報告書」では時間のズレ(タイムラグ)や紙面構成上できないことも、リアルタイムで発信できるこのブログなら可能です。

ですから今年は、自分の考えを積極的に《発して》いきます。


【律する】
昨年末は身体のトラブルに見舞われました。それは自分の体力や能力を過信していたからに他なりません。思うに任せて仕事をし続けることが大きなリスクを背負うことを実感した今、様々な意味で自分を律することが必要と考えました。

今までは「成果(結果)に気をとられていた=社会人(仕事人)として自分を律してきた」わけですが、一歩進めて《(生物である)人としての基本に返り、自らを律する》一年にしたいと思います。これにより心豊かな生活の広がりと、新たな視点の発掘にもなると考えています。


皆さん、今年もよろしくお願いいたします。