2010年02月23日

国道の排雪

月形町は北海道内でも豪雪地帯です。
2月15日時点での総降雪量は772cmだったので、既に8mは超えているでしょう。これで平年並みです。積雪は150cmくらいです。

こんなに降るので道路を除雪した雪が道路脇にうずたかく積み上がり、道幅や視界を狭めています。
そこで「排雪」が行われました。
 
写真は国道275号線脇の歩道。左が2月21日(日)朝、右が23日(火)朝です。

今シーズン2度目の排雪で、夜間2日間かけて月形市街地区間がきれいになりました。
これでしばらくは走りやすい道路が確保されます。

2010年02月17日

特設『確定申告コーナー』

kakutei1.jpg昨日役場に行ったところ、正面玄関を入ってすぐのロビーに『確定申告コーナー』ができていて驚きました。

これは、16日から受付が始まった確定申告をスムースに運ぶため、住民課税務係が特設コーナーを設置したとのこと。
特設コーナーを設置したのが初めての試みなのと開設初日だったのとで、ちょっと窮屈な感じもしましたが、おいおい改善していくとのことです。

とかく難しい(面倒くさい)イメージの確定申告ですが、開放的なロビーで、イスに座って担当者と同じ目線でやりとりできるので、ちょっと気楽にできますね。

  『確定申告コーナー』
  2月16日〜3月15日までの平日、8:30〜17:00
  ただし、12:00〜13:00は税務係窓口での対応

こういった新しい取り組みに触れて、何だか嬉しくなりました。

2010年02月01日

あなどれない『住民健診』

みなさんは住民健診を受けていますか?

月形町国民健康保険運営協議会で話題になるのは、住民健診の受診率をもっと上げるということ。厚生労働省からの『特定健診の対象者(国保加入の40〜74歳)の受診率を平成24年までに65%にする』という目標値に対して、現状では40%にも届いていません。特に50代の受診率が低いという報告もありました。

この目標値は国民健康保険会計にも直結する問題(目標が達成できない場合はペナルティーが課せられ、負担金が増える)なのですが、それ以上に『住民の健康』『予防医療』の観点からも受診率を上げていく必要があります。
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さて前置きが長くなりましたが、

実は私、今年度の住民健診でちょっとした異常が見つかりました。血液検査でLDL(悪玉)コレステロールの値が基準値を少し超えていたんです。それ以外の項目は全て基準値内に収まり、メタボでもなかったので本当に軽く考えていました。
保健師さんからの指導で「病院での再検査」の指示があったのですが、”そのうち受ければいいかな”という感じで、悠長に構えていたところ・・・

保健指導を受けてから1ヶ月後に町立病院の内科を受診。で、先生から
「コレステロールが高いと動脈硬化になりやすいのは知ってるね。
最近はLH比(LDLの値をHDLの値で割った数値)を使って判断するんだよね。1.5以下なら問題がないけど、2.0で注意信号、2.5以上は治療が必要だから。
宮下さんの場合、2.5以上になっているから薬で治療しましょう。」
「え”〜〜!」

色々調べてみると、知らなかったことや思い違いだったこともわかってきました。

●コレステロールは食事の影響を受けるものは20%程度。残りは体内で合成されたもの。
●LDLコレステロールと女性ホルモンには密接な関係にあるので、
 ホルモン分泌が減少する中年以降は余剰気味になる(数値が上がる傾向がある)
●コレステロール値は体質や遺伝の影響を受ける。
●肝臓で合成されたコレステロールを全身の細胞に運ぶのがLDLコレステロール、
 体中から集め肝臓に戻すのがHDLコレステロール。両方がバランス良く機能することが重要。
●運動することでHDLコレステロールを増やすことができる。


今回のことで私が最も驚いたのは【コレステロールの多くが体内で合成されていた】こと。LDLコレステロールの値が高いと言われた時、すぐに食事の内容や改善を考えたのですが、それはメカニズムのほんの一部に過ぎなかったとは!
そして【健康診断で正常値であっても動脈硬化が進んでいる可能性がある】ということ。LH比に注目!!
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住民健診がきっかけで健康に関する正しい知識も増えました。もちろん早期発見・早期治療できたことが何よりです。そして、運動の重要性と体重を減らすことの必要性も。

実際に治療を受ける側になって、町内の保健・医療体制も見えました。
(保健指導や町立病院の体制、先生の説明など、きめ細やかでわかりやすかったです。今まで急性疾患の時しか病院を利用することがなかったので初めての経験でした。『病気とつきあう』という姿勢において、今の月形町の保健や医療体制は心強いものだと思います。)

薬を長期間服用することになって、その大変さを身にしみました。
(コレステロールの薬は1日1回1錠ですが、たまたま同時期に座骨神経痛の薬を飲むことになり、1日2回のものと1日3回のものがあって、普段薬を飲みつけない私にとって非常に混乱しています。高齢になってもっと薬が処方される事態になったら・・・間違えないか、不安です。みなさん工夫されているんでしょうね。)


月形町ではたった1,000円でかなり詳しい検査が受けられます。
それに、さまざまな「気づき」を与えてくれる『住民健診』、あなどれません。
みなさんにも受信をおすすめします。

2010年01月02日

平成22年(2010年)今年もよろしくお願いします

新年を迎えました。どうぞ今年もよろしくお願いいたします。

暮れから元旦にかけては大風・大雪になり、堅く締まった雪があちこちに吹き溜まって大変な年越しとなりました。我が家恒例の元旦早朝の初詣も見合わせた次第です。
それでも午後には天候も落ち着き、歩道の除雪も入って道が開けたので、初詣に行ってきました。

いつもの年の初めと行動順を変えるだけで見えてくる風景や、お会いする人の顔ぶれも変わるものですね。元日にもかかわらずたくさんの車が往来していたり、樺戸神社に次から次に参拝者が来て新年の挨拶を交わしたりと、思いのほか賑やかでした。(例年は夜明け前後のため、最も冷え込み、静寂に包まれる神聖な雰囲気です。)

さて、今年はどんな年になるのでしょう。
と言うより「どんな年にできるでしょうか。」

受け身でいては流されてしまいそうな状況の中、どれだけ自分の想いを成し遂げられるのか、常に自分に向き合い、正直に、誠実に、芯をしっかり持って「ぶれない」自分でありたいです。

2009年12月23日

徳富ダムのゆくえ

今日の北海道新聞朝刊に、ダム建設の記事が載っていました。(以下引用)
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【農水省】44農業ダムに問題 道内も9カ所 国営の新設中止

農林水産省は22日、同省が所管する約190のダムのうち、完成、工事中のダムを合わせて44カ所で水漏れや地滑り、水の利用度が低いなどの問題があるとの総点検結果を公表した。道内は工事中のダムで東郷(富良野)など3カ所、完成ダムでは美生(十勝管内芽室町)など6カ所が「問題ダム」と指摘された。

赤松広隆農水相は記者会見で、全国的に農業用ダムの整備が一巡しているとして、今後着手する同省の国営事業では、新たなダム建設は、島しょ部を除いて行わない考えを明らかにした。

農水省によると、工事中のダムのうち、想定を上回る漏水が問題となっている東郷については、「ダムを廃止して代替策を検討するなど、複数の選択肢を示して、道と地元農家などと協議する」(農水省)としている。

工事中のダムではほかに、同省と国土交通省が事業費を計上してきた多目的ダムの徳富(空知管内新十津川町)と夕張シューパロも見直し対象に。両ダムはすでに国交省が事業凍結候補に選定しており、同省の対応方針が示された段階で、農水省も地元関係者と協議を始める。

完成ダムでは、美生が水の利用率がほぼゼロ%で、今後も水利用が望めないとして、「畜産農家への水供給など別用途への拡大を検討する」とした。

このほか、水利用率が7割未満の問題ダムは、道内では古梅(網走管内美幌町)、卯原内(網走)、民安(留萌管内天塩町)、大野(北斗)、屈足(十勝管内新得町)の5ダムが挙がった。利用率が低い背景には、地元自治体などによる関連する水利施設の整備遅れがあるため、自治体などと協議し改善策を検討する。               
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今年10月の段階では、「国土交通省のダム事業見直し表明時にも道は継続の考えを示し」ということでひとまず安心したところでしたが、今朝の報道を見る限り「暗雲立ちこめてきた」雰囲気です。

以前ブログでも書きましたが、徳富ダムの供給を受ける札比内地区はどうなってしまうのでしょう?

利用水量はダムの貯水量からすればほんの微々たるものですが、この地区の水稲栽培には影響大です。他の水源を求めるにしても、それまでのつなぎが上手くいくのか、今度は時間との戦いです。
また転作をしようにも個別所得補償制度は今のところ「米」のみで、これまでの制度に乗って転作をしてきた畑作農家にとっては現状でも大打撃、先の読めない状況の中で転作へと舵を切ることができるのでしょうか?

雨竜町や北竜町、新十津川町や浦臼町はどうなのでしょう? 
このダムが中止になったときの代替策(まだ提示されてはいませんが)で間に合うのでしょうか?
現在、本体工事だけでなく周辺自治体の付帯工事もかなり進み、最南端の月形町においても導水路がずいぶんと敷かれています。ここまでして水が流れてこないことがあるのでしょうか?

ダム関連の話題からますます目が離せなくなりました。

2009年10月31日

*・. 初雪 *・.

今日の午後8時、外は夕方から雨模様。
帰宅しようと乗り込んだ車。
真っ暗な中、ワイパーをかける。
と、フロントガラスの端にシャビシャビのシャーベットがどんどん溜まって・・・
そう、初雪です。
ここ北海道月形町では、例年なら10月半ばには降るのに、今年はずいぶんと遅いです。
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今年の秋はとても暖かく、今も路地や無加温ハウスで毎日、花を切って出荷しています。
(我が家は切り花生産農家。気温が下がると咲き足も鈍るので、例年なら隔日の採花となる。現在出荷しているのは『スカビオサ』と『ウインターグラジオラス(スキゾスティリス)』)


天気予報は「10月末から11月初めは寒気が入り平地でも初雪が観測されるでしょう。」と伝えていました。そこでこの1週間は花の出荷の傍ら、冬支度に追われました。

真冬は1.5mもの積雪になる月形では、根雪になる前に様々な冬支度が必要です。

外に出したままの道具を納屋にしまい、外に置いておくものは除雪の邪魔にならない場所に移動し、ひとまとめ。移動できないものは位置がわかるように目印の棒を立てて。
一番の大仕事はハウスのビニールはがし。越冬できる丈夫なビニールハウスを除き、ほとんどのハウスはビニールを剥がして骨だけにし、雪の中に埋もらせます。

これら全ての作業は根雪までに済ませればいいので、状況を見ながら少しずつ進めています。
ちなみに今日はハウスのビニール剥がしを6棟完了。初雪とは言え、まだまだ花は咲いてくれるので出荷を続けるハウスはそのままにしています。
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6、7月の低温と長雨による生育遅れは取り戻せませんでしたが、それでも晩秋まで収穫物が確保できるのは有り難いことです。農業が『お天気と共にある仕事』『自然の片隅で生きる職業』なのだと、今年は強く感じました。

社会が成熟し『全ての職業が経済の仕組みの中にある』という感覚にとらわれていた最近の私ですが、『自然』の大きさ、懐の深さ、驚異と儚(はかな)さ、慈悲深さ・・・自然の色々な面に触れて、農業の原点に帰れたような気がします。初雪さん、ありがとう。

2009年09月26日

今年の出来秋は・・・

左の写真は、今日の月形(市南地区)。一面の田んぼに稲穂が頭をもたげて風に揺れています。

例年、月形では9月20日頃から稲刈りが始まります。いつもの年、今日(9月26日)ここで写真を撮ったなら、半分くらいの田んぼで稲刈りが終わっていたでしょう。今年はまだ始まっていません。月末頃にやっと始められるとのこと。これだけ遅れたのは夏場の天候不順(低温、多雨、日照不足)によります。

一見たわわに実っているように見える稲穂も、不稔(実が入っていない)のものがかなりあるようで「収量は例年の6割くらいになるかもしれない」と米農家の友人が話していました。
昨年は天候に恵まれ収量が増加し所得も増えた米農家。一転今年は・・・。

今年は米だけでなく、果菜(メロンやスイカ、カボチャ、トマト他)や根菜類(ジャガイモ他)、葉物野菜や切花も、減収や品質の劣化、収穫時期の遅れなど、天候不順の影響が出ています。月形の農産物の売り上げも減少するのは必至でしょう。

農業が天候に左右される不安定な職業であることを改めて感じる光景です。

2009年08月22日

皆さん、お久しぶりです。

皆さん、お久しぶりです。お元気ですか?
前回の書き込みは7月初めだったので、ひと月半ぶりの更新になります。

この期間、議員としての仕事や農家としての仕事が目一杯入っていて、なかなか報告まで手が回らなかったのが正直なところです。発信不足になってしまったこと、申し訳ありません。
ここでは音信不通状況でしたが、私自身は元気に活動していました。今年の天候不順も含め、感じたことや考えること、見たり聞いたりしたことなど、大変充実していました。少し落ち着いてきたので、これから少しずつでも発信していきたいと思います。

この更新のない期間も多くの皆さんが「ゆみこの日記」を覗いてくださったことに感謝いたします。
皆さん、これからもよろしくお願いいたします。


さて、今日は地方自治土曜講座に参加してきます。
今回のテーマは「議会は変わるか? ー議会改革の諸問題ー」。
そして私も報告者として「議員諸氏による現状報告」の場面で発表させていただきます。

私自身の発表もありますが、ほかの議会の様子や議会改革を巡る最新情報など興味深い内容です。
ちょっとした緊張感と期待感を胸に、行ってきます!

2009年05月08日

満開きたこぶし

今日午後の役場庁舎前「きたこぶし」です。

満開! 満開!! 満開!!!

ほのかに甘い香りが漂い、風にそよぎながら時に分厚い花びらを散らしていました。

キタコブシの花をこんな間近で見たことがなかったのですが、花心は思いのほか繊細だったので思わずパチリとシャッターを切りました。花弁はチューリップのように厚く、ホワホワしっとりとした触感。折れが入るとあっという間に茶色くなっていました。

「こうして茶色くなると散るサインなんだよ。」

と教えてくれたのは、花びらの掃除をしていらした年配の男性。キタコブシの花びらは1枚でも手のひらの半分ほどの大きさがあり、白くて目立ちます。芝生の上は、まるでティッシュを散らしたように見えてしまうからほっておくこともできません。風が吹くたびに花びらが散っていくので、とても根気のいる大変な作業。「綺麗」が維持できるのは、こうした地道な作業をしてくださる方々のお陰です。ありがとうございます。

その男性が
「押し花とか何か利用できないかねえ。白くて綺麗なのにすぐに茶色くなっちゃって。何だかもったいないよ。」
そうですよね。私も何かに利用できればなあとは思うのですが・・。香水でもとれたらいいのにね。

そして最後に「もうすぐ紫の木蓮も咲くよ。」と傍らの小さくて細い木を教えてくれました。まだ1mにもならない木なのにキタコブシと変わらないくらいの大きさの蕾をいくつもつけて・・・。

2009年04月24日

きたこぶしの蕾

月形町役場前にある「きたこぶし」の木の蕾がふくらんできました。
今日の午後の様子です。

今年は暖冬少雪で、早い雪解けでした。でも4月に入って寒い日が続き、また雨が少なかったために新芽の伸びは抑えられ、春の雰囲気がなかなか感じられない日が続いていました。

今週に入って久々の雨。しっとり地面をぬらし、命を満たす潤いになったようです。

さあ間もなく、新緑と花咲き乱れる春本番です。

2009年03月25日

すっかりご無沙汰しております。

既に1ヶ月近くブログの更新をせず、すっかりご無沙汰しており申し訳ありません。

この期間、定例会(平成21年第1回)や予算特別委員会などの公務の他、個人的なこと(子どもの受験や卒業等)や私用パソコンの故障なども重なり、なかなか気持ちが切り替えられず、ブログに向かうことができませんでした。

ほぼ環境が整いましたので、これからは以前のように活動報告していきたいと思います。

この1ヶ月、あっという間に過ぎ去ったような感じですが、振り返ってみれば色々なことをこなしてきた感があります。季節もあっという間に進んでいるように感じるのは、その中にたくさんの変化を含んでいるからなのでしょう。
2月下旬あたり一面を覆っていた雪は、今はもうそこかしこで黒々とした地面を露出させ始めています。日の出時間も早くなり、ふと気づけば力強い太陽がサンサンと上方から照りつけ、目覚めと活動を促しています。河原は雪に覆われているものの水の流れは力を増し、川岸のネコヤナギが遠くからでもわかるほど銀色に輝いています。もうすっかり春。
春3月は、自然も人間社会も激しい変化に乗っていく時期なんですね。

皆さん、これからもよろしくお願いいたします。

2009年02月11日

新規就農のお手伝い(ビデオ取材)

今日は議員活動からちょっと外れた話題。

私たち家族は新規就農者で、15年前に月形町に移り住んできました。月形町は様々な支援体制(制度および施設)を整えて新規就農者の受け入れを積極的に行っていて、私たちはその条例制定後第1号の新規就農者です。現在まで10組が就農し、1組が実習農場で研修中です。

今回(社)北海道農業担い手育成センターからの依頼で、就農希望者向けのビデオ(先輩就農者の実生活紹介。道内3地区の3家族が対象)撮影に協力することになり、去年の夏から様々な場面で取材を受けています。今日はその取材の4回目で「冬の様子と家族」がテーマでした。
今年は例年にない暖冬少雪(積雪は例年の1/3程度)の影響で、いつもの月形らしい風景をお見せできなかったのが残念でしたが、家の中でのブログ更新の様子や家族団らん(昼食風景)を取材されました。


 
これまでの取材は、1回目:夏「菊の花切りと撰花」、2回目:秋「洋花の出荷」、3回目「議会での私」で、いずれも3人1組(デレクター、カメラマン、アシスタント)で撮影に来られます。短い時間を有効に活用し、狭い場所でも協力し合って撮影したりインタビューする姿にいつも感心させられ、気が付くと取材が終わっていました。なので、このブログで紹介しようと思いつつも写真すら撮れずに今日まで来てしまったわけです。

我が家の農業や議会活動、家族の様子などを皆さんに映像で紹介するなど恥ずかしいと思うこともありますが、ビデオを見た人の人生の選択の参考になったり、新たなつながりへと発展してくれたら、とても嬉しいです。

私が感じる農業の魅力の一つは、小さな種(生命)が様々な影響を受けて大きく育つ創造的なところです。子育ても、料理も、まちづくりも、議会活動も、私にとってはみんな創造的な行為で、共通する魅力を持っています。そしてこの取材や撮影もとても創造的で興味をそそられました。
春にもう1度撮影が入って終了とのこと、完成が楽しみです。

私の周りには魅力的な「創造の種」がたくさん転がっています。そんな環境で暮らせることが、とっても幸せです。

2009年02月06日

我が家にもインフルエンザの波

近隣都市部ではインフルエンザが例年より早く流行していたようですが、月形町ではここまでほとんど聞きませんでした。が、今週初めくらいから町内でもポツポツと患者が出始めたという話を聞いていたら、昨日、我が家にも流行の波が押し寄せてきました。
小学6年の息子がインフルエンザA型になったのです。体質のせいもありますが、かなりの高熱で辛そう。次は我が身・・・覚悟しています。また同じ学年の子が何人も罹患したと言うことで、これからの広がりが心配です。

どうぞ皆さん、手洗い、うがい、加湿、栄養、休息など、万全の策で予防してくださいね。

ちなみに、左の写真は小児科で処方されたインフルエンザの薬「リレンザ」です。飲み薬ではなく、粉末の薬を専用の道具で吸入して使います。初めて見る形状と方法に最初は戸惑いましたが、玩具のようでかえって興味をひかれたのも事実です。
これが効いて早く良くなってくれればと思います。

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2009年01月27日

月形町交流センターの様子

左の写真は、現在建設が進められている「月形町交流センター」です。昨日撮影しました。

工事現場の近くを通ることがなかったので今まで気が付きませんでしたが、既にカバーや足場が外され、全体が見えてきました。
今年4月にはオープンする予定ですので、内装工事なども急ピッチで進められているようです。

2月3日には総務民教常任委員会で、5日には産業建設常任委員会で、それぞれ交流センターの所管部門についての調査を行います。どのような状況になっているのか、(現地視察の様子も含めて)後日皆さんにご報告しますね。

2009年01月01日

新年明けましておめでとうございます

2009年(平成21年)が明けました。今年はどんな一年になるのでしょう。

年末年始にかけ千歳空港方面を中心に天候が悪く、多くのみなさんに影響がでていたようです。それに対し月形は多少の風がついただけで、雪もほとんど降りませんでした(今シーズンに入ってから、ずっと少雪です)。気圧配置と地形の関係で、場所により天候が全く違うのが、冬の北海道の特徴ですね。

穏やかなお正月を迎えた月形の風景を、写真に収めてみました。(左)柳橋から見た須部都川、(右)役場庁舎前のメタセコイヤです。

 
これらは元旦に樺戸神社への初詣の途中に撮ったものですが、例年より気温が高い分、木々に雪がまとわりつき、素敵な風景になっていました。初詣もそうですが、素敵な風景に出会えて、清々しい気分です。

皆さまにとって、今年がより良き年になりますように。
自然に笑みのこぼれるような一年でありますように。

2008年12月24日

月形町の学校給食

先日、学校給食を試食する機会があったので、ちょこっと紹介します。

試食のあったこの日(12月19日金曜日)の献立は、冬至直前ということもあって【ご飯、パンプキンポタージュ、豚肉のみぞれ焼き、ブロッコリーサラダ】でした。

この「パンプキンポタージュ」は、ゴロッと存在感のあるカボチャの入ったクリーミーで濃厚なスープで、とてもおいしかったです。「豚肉のみぞれ焼き」は豚のヒレ肉を甘辛く少し濃いめに味付けしたもので、ご飯が進む一品でした。一人分50gと見た目には寂しい感じがしましたが、これで栄養的に充分だということは、普段の食事では肉(蛋白質)をとりすぎてたのかな? この献立(中学生)の熱量は818kcal、バランスも取れているし、暖かいしで大満足でした。

私はこの日、月形中3年生と一緒に給食を食べたのですが、保護者が大勢いた中での食事で子供たちも緊張したのか、普段より小食(お代わりはほとんどなし)だったとか。多少の好き嫌いはあるようでしたが、おおむね完食でした。中学3年生にとって給食が食べられるのもあとわずか、1食1食が思い出となって心と体に刻まれることでしょう。
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月形町では給食センターで一括調理し(全食米飯、計308食)、町内の小中全3校に配送しています。今年度の給食費(1食)は小学生223円、中学生265円で、食材費=給食費となるように設計されています(食材費高騰により、来年度から小学生234円、中学生279円に値上げ)。

また、地産地消や食育にも力を入れていて、毎月発行される「きゅうしょくだより」には献立の他、食生活の注意点や給食レシピ、給食に使用している地元食材「今月の月形産」なども掲載されています。
この給食の献立表、我が家では一番見やすいところに張り出しています。子供たちが「今日の給食は何かなあ?」と楽しみにするだけでなく、給食レシピを応用しておかずを作ったり、給食メニューからアイデアをいただいたり。時にチェックし忘れて給食と夕食が同じになることもありますが・・・。給食は家庭の食卓とも密接に関連しているんですよね。

食は生活の基本。家庭の食は最も大切ですが、子どもにとって日常の多くを占める学校生活での「給食」もまた、大きな意味を持つと考えます。私自身の学校生活を振り返っても、「食」の思い出が多いことで証明できます。
月形町の学校給食と栄養教諭については定例会(平成20年第3回:9月)で一般質問しましたが、今後も注目していきたいと思います。

2008年12月21日

今日は冬至

今日は冬至。1年で一番、日の短い日。

出先に息子からメール「今日は冬至、だから柚子湯にしたよ。」
そうだった!
ちょっと帰りが遅くなったから「簡単な夕食にしようか」の考えは吹っ飛んで・・・

夜9時近い夕食にはなってしまったけれど
カボチャの煮物を食卓にのせて「いただきます!」
「やっぱり煮物はおいしいね。」とは娘の言葉。
「キレイな色だね。」は息子。

栃木の実家から送られてきた、庭先の柚子の果実を丸ごとお風呂に入れた柚子湯。
ユズノン(柚子の芳香成分。多くは柚子の皮に含まれる)たっぷりのお風呂に
「本物の柚子は香りが違うなあ。」と夫。
そうそう、ここ数年は「柚子の香りの入浴剤」でごまかしてたもんね。
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数年前、特に子どもが小さいうちは『風習』を大切に、四季折々の習わしに従ってお料理を作ったり、お供えをしたりしていた我が家でした。でも、私も夫も夜出かけることが多くなり、行事をすべき日に家族揃って食卓を囲めなくなって・・・日にちをずらしたり、簡単に済ませたり。そのうち私自身が行事に疎くなって、今回はすっかり忘れてました。

それでも今日は息子が気づかせてくれました。
風習が受け継がれてるんだなあと思ったら嬉しかったです。
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今日が冬至ということは、明日からは日が延びるということ。
寒さはこれからが本番ですが、暖かくなる要素は着実に増えています。
『冬来たりなば春遠からじ』
希望を持って暮らしましょう。

2008年10月31日

道外行政視察から帰ってきました

先程、無事に帰ってきました。3泊4日は長いようで短く、毎日が発見と感心で充実していました。

視察先(3カ所)では、その事業の中核をなす「人」から直接お話を聞くことができ、生々しさと迫力を体感することができました。やはり「人」が鍵を握っているのですね。
また、視察先が関西方面ということで、「文化と歴史の重み」も合わせて感じてきました。

これら視察に関しては、追々報告したいと思います。
まずは、帰着の報告まで。

2008年09月29日

月形町長選挙の結果

昨日投開票が行われた任期満了にともなう月形町長選挙は、以下の結果となりました。
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有権者数 : 3403人  投票者数 : 2888人  投票率 : 84.87% 

当選 1606 桜庭誠二 58 無所属・現職
   1223 奥山 功 65 無所属・元職

2008年08月27日

「2008地方議員向けサマースクール」に行きたかった!

上記のサマースクールが今日から2泊3日の日程で始まりました。これは北海道大学公共政策大学院が主催するもので、地方議会の活性化と地方議員の能力向上を目指し、北大での座学や夕張での実地調査等を通して、地方議員が今必要とされる理論と実践を積む画期的なセミナーです。

この募集を知った時、私も「ぜひ参加したい」と強く思ったものでした。
議員になって2年目を迎えますが、残念ながら普段の議会活動では「議論の実践」「問題解決のための理論の構築」などはほとんどできていません。また町村議会議員では専業で議員活動ができるわけではなく、(私自身は)量的にも質的にも目標に届いていないように思います。
さらに様々なところで研修会が開かれていますが、多くは講義形式です。ゼミように講師陣や研修生同士が議論し合うようなものは極わずかで、私の最も求めているものでした。

とはいえ、農繁期のこの時期に丸3日間家を空けることができず、また他の議員活動の予定も入っていたので、今回は申し込みを断念しました。
議員として成長したい気持ちと、家業を守らなければならない現実、これからも葛藤は続くでしょう。いつか対処をキチンとして、向学心を満足させられるよう時間を作りたいです。

今回の定員は20名でしたが、50名以上の応募があり選抜されてセミナーに臨んだとか。私と同じように実践的なセミナーを求めている人が沢山いると言うことは心強いです(でも選抜されるということはライバルにもなるわけですね)。知り合いの道議会議員がこのセミナーに参加されているので、あとで様子や感想などを教えていただこうと思っています。楽しみです。

それから(要望があれば)ウインターセミナーの実施も検討されているそうなので、こちらに期待しして、まずは目の前の課題に取り組まなければ・・・(目下のところ、9月定例会の一般質問〆切が明後日に迫っています。)

2008年08月20日

農家としての超繁忙期

 またもご無沙汰してしまいました。

 8月始めからの約半月、我が家の家業=農業(切り花の生産)では超繁忙期を迎え、日付や曜日、時間も忘れるほどの毎日を過ごしていました。というのも、我が家の主力生産品「白輪菊(写真)」はお盆向けで、この2週間足らずに数万本の出荷を行ったからです。

 今年の菊市場は本州方面の高温の影響で主産地が咲き遅れ、全国的に品薄状況になり、市場が活況を呈しました。これは数年(イヤもっとかな)ぶりの出来事です。(ちなみに昨年は物がだぶついて最低の価格でした。)

この期間、出荷に追われていたとはいえ考えさせられることがたくさんありました。
◆人手不足・・・生産地(過疎地)では慢性的な人手不足
◆高齢化・・・・生産者は確実に高齢化している。生産力の減少
◆価格の極端な変動・・・生産原価とは関係なく、物の値段が決定するシステム
◆生産状況、流通に関する情報の薄さ
◆地球温暖化・・高温障害を引き起こす
◆石油高騰・・・作型の変化。石油を使わなくても生産できる時期へのシフト(特に本州主産地)。
◆便利さを追求した商機と、それにともなう無駄
◆慣習の変化・・墓参りもお盆期間に限らない

 私は町議会議員ですが、農業も行わなければ家計は成り立たず、また農業をしたくて月形町にやって来た新規就農者としては、農業をしているときが至福の一時です。こうして超繁忙期を迎えると両立することにもかなり努力を要しますが、議員の仕事だけでは感じられない「社会の動き・問題点」が直接肌に刺さってきます。大変でも両立していきたい仕事です。

2008年07月01日

ブログ更新、再会いたします

みなさん、お久しぶりです。いかがお過ごしですか?

いつの間にか夏至も過ぎ、夏の眩しい陽射しが降り注ぐ季節になりました。
ここしばらくは晴天続きで夏日も多く、私も随分と日焼けして健康的な小麦色になってきています。

「やりたいこと」や「やるべきこと」は相変わらずの私ですが、7月になったことを機に、ブログの更新を再開したいと思います。日々の更新はもちろん、6月分についても順次。
というわけで、今日の「全道町村議会議員研修会」を手始めに。

どうぞみなさん、これからもよろしくお願いいたします。

2008年06月20日

もう少し待ってくださいね

みなさん、ご無沙汰しています。
ここ2週間ほど更新できなくて、心苦しいばかりです。

お伝えしたい情報はたくさんあるのですが、なかなか筆が進まず
今日に至っている次第です。ごめんなさい。
今月中には、時間をさかのぼって(経時的に)キチンと書きたいと思っています。

それまで、もう少しお待ち下さい。

更新していないにもかかわらず、カウンターが動いているのを見ると
「応援してくれてる」と思えて元気が出ます。

こうして見に来てくれることに感謝です。ありがとう。

2008年04月21日

朋あり遠方より来る、また楽しからずや

今日は大学時代の朋(=友。正確には2つ上の、夫とも共通の先輩)が遙々東京から来てくれました。仕事がらみとはいえ、実に12年ぶりの再会に心が弾んだのは言うまでもありません。

懐かしい話に花が咲き、近況など聞いて名刺交換。先輩は某化学会社の開発部長になっていて、他の友人もそれぞれの会社で要職についているとのこと、「へ〜、何だかスゴイですね。」

20年前に同じ研究室で学んだ先輩が、今は会社を引っ張る中堅どころとして活躍している現実。確かに頭には白いものも目立つし、言葉遣いや部下の話など、年月が経っていたことを感じずにはいられなかったです。でも、目の奥の輝きはあの頃のまま、時間を超えた心のふれあいがありました。

そこでふと、思った。
私はあの時会社を辞めていなかったら、今頃どうなっていたんだろう。

会社が合併・吸収になった時、行き先を失って路頭に迷ったか・・・
夫の転勤についていって、結局職を失っていたか・・・
夫が単身赴任となり、自分一人で子育てと仕事を両立させていく・・のは難しい。
一生仕事を続けたいと思っていても、会社員のまま研究員のまま、女性として母として最後まで人生を全うするのはかなり困難だったように思います。

結局のところ 『この道より、われを生かす道なし。この道を歩く』

自分の下した選択に誇りと自信を持ち、精一杯頑張ろうと思った今日でした。

2008年04月18日

これも私の仕事

私は町議会議員でありますが、農業者でもあります。

今年の春は記録的な暖かさと晴天で、例年になく農作業がはかどっています。が、やっぱり春は播種や定植で大忙し。寒さの厳しい北海道の農業では、春は1年を左右する大事な時期なのです。

というわけで、私も連日農作業に追われています。もちろん議会の仕事が最優先、地域の仕事も優先ではあるけれど、その合間をぬって農作業。写真は『菊苗の直差し』をしているところです。
 

この菊はお盆の出荷に向けて栽培しているもので、この後、直差しした苗を発根させ、電照で花芽をコントロールし、芽かき作業(多数付く蕾を、中心の1つを除いてかき取る作業)を経て『輪菊』と呼ばれる仏壇やお墓等に飾る花に仕立てていきます。

切り花の栽培は色々な要素があり、また植物との対話で作業のタイミングを計るなど、様々な分野で応用できることが沢山含まれていると思います。

2008年04月11日

ついに4,000人を切りました

今日、何気なく月形町のHPを見ていたら、
平成20年3月31日現在の月形町の人口に目が留まりました。

男 1,974人  女 2,016人  合計 3,990人

とうとう4,000人を切ってしまいました。

つい先日配布された「町報4月号」には2月29日現在のデータが載っていて、そちらには
男 1,993人  女 2,033人  合計 4,026人
とあったので、この年度末の移動で「もしかしたら・・・」とは思っていたのですが、
これ程までとは!! 予想していたこととはいえ、ショックでした。

とはいえ、未来に向かって明るい話題も多い、今の月形町。
この現実しっかり踏まえ、郷土に誇りの持てるような取り組みをしていきたいと思います。

2008年04月08日

野鳥の楽園

月形町には春と秋にたくさんの「マガン」や「コハクチョウ」が飛来します。

これは越冬地(本州方面)と営巣地(ロシア方面)を渡る間に羽根を休める、国内最大の寄留地「宮島沼」(=ラムサール条約に登録)が目と鼻の先にあるからです。宮島沼で夜を過ごし、昼間は近隣の田んぼや畑で落ち穂や新芽をついばみます。マガンもコハクチョウも水鳥なので、雪が融けて地面が出てきた頃、ちょうど水溜まりになっているところを目指して、日々場所を変えながら食事をします。

我が家の圃場の周辺にも、例年より2週間以上早くマガンとコハクチョウがやってきました。

昨日は養鶏場のように「こゎっ、こゎっ」「くっくっく〜」などの声と、「バタバタ」「ザワザワ」という羽音、「ピチャピチャピチャ」とえさを食べる音、「ヒュンヒュン」と風を切って頭上を飛ぶ音・・・生きものの息づかいと命の活気に満ちあふれた音でいっぱいでした。

その上「ヒバリ」が「ピピピッピピピー」と頭上高くでさえずり、川縁には「アオサギ」の姿も。もちろんスズメやカラスやトンビだっていますし、名前がわからないような鳥もたくさん!

この時期の月形はきっと野鳥密度がとても高く、まさしく「野鳥の楽園」です。

ああ、でも、マガンとコハクチョウの大集団は、今日は既にちょっと先の田んぼに移動してしまいました。今年は気温が高いせいか田んぼの水溜まりもあっという間に乾いてしまい、マガン達の食事場移動も速いような気がします。
この先もう少し温かくなったら「オオジシギ」や「チゴハヤブサ」などもやってきます。待ち遠しいです。

2008年03月24日

第20回奈井江町長杯争奪ママさんバレーボール大会

昨日奈井江町で行われた大会に、月形町から私の所属する「月形ポパイズ」と、お姉さん(50歳以上のシニア)チーム「ニューポパイズ」が参加してきました。
他には「滝川みやび」「砂川若草」「沼田ポプラ」「奈井江サルビア」が一般ブロックで、シニアブロックでは「赤平若葉」「ピンネ友愛」の参加がありました。

奈井江と月形は、ほんの目と鼻の先なのですが、中空知と南空知ということで所属する連盟(滝川連盟と美唄連盟)も、全道大会の予選(北北海道と南北海道に別れるため)も別になってしまうために、あまり試合をする機会がありません。私達にとっては「北」地区のママさんと交流するとても楽しみな試合になっています。

試合結果(一般ブロック)は「沼田ポプラ」の優勝、「月形ポパイズ」の準優勝。

私達のチームは1,2試合とも3セットまでもつれ込んでの逆転勝利で、決勝戦も長いラリーの続く白熱した試合でした。プレーヤーとして楽しんだのは言うまでもありませんが、観客の方からも「いい試合だった」とお褒めの言葉をいただきました。

ママさんバレーを通してチームメイトと親交を深めるのはもちろんですが、こうして対外試合で全力を尽くし、純粋な気持ちで知らない者同士が向き合えるのもママさんバレーの魅力です。対戦相手のチームと試合の後に特別な交流をすることはありませんが、別の場面で出合ったときに「ママさんバレー」という言葉で繋がることができるのも、スポーツならではの爽やかさだと思います。

生涯スポーツとしての魅力たっぷりのママさんバレー、いっしょにやりませんか?

2008年01月17日

過冷却水もできる厳しい寒さ

夕べから今朝にかけて北海道は極寒(最低は旭川市江丹別ー33.2℃)でした。月形もとても冷え込み、最低気温は-21.8℃。午前0時~7時くらいまでー20℃前後で推移しました。

昨夜、この冷え込みに「パッ!!」っとひらめき・・・
ペットボトルに水を入れ、トイレ前の廊下に置いて寝ました。


今朝7時。夕べのペットボトルの水は液体のまま。

それをお椀に注ぐと~、あら不思議。
見る見るうちに「氷の塔」がニョキニョキ。

冷蔵庫のCMを目の前で再現したような光景に、家族全員、大大興奮。
氷の塔を触ってみると、弾力のあるゴムのような、シリコンのような、初めての感触でした。


今しばらく厳しい寒さは続きますが、こんな楽しみ方もできるのが、月形です。

2007年12月31日

私の2007年は『変』そして『兆し』

とうとう今年最後の1日となりました。

私にとっての今年を漢字でたとえると「変」でしょうか。
変化の大きかった1年でした。

4月に町議になってからは生活が変わり、私自身の時間の配分だけでなく、家族の役割分担や暮らし方にも変化がありました。時間を共にする相手も変わりました。
それに体調の変化。意識と体力とのギャップが大きくなり、身体が先に参ってしまうなんて!やはり40代。相当な意識改革を迫られています。

色々な『変』はありましたが、未来へ向かって『兆し』も感じられました。

新しい『場』を得て、行動範囲や視点が広がり、見るもの聞くもの感じるもの、全てが私の肥やしとなりました。より深く広く遠くまで考えることができ、『話す』『書く』ことによって繋がって、絡まって、大きくなっていく。そんな『兆し』が感じられました。

今年は、扉を開け、踏み込んだに過ぎません。
来年はそこを自分の足でしっかり歩き、行動していきます。

あと数時間で2008年です。どうぞ皆さん、良いお年を。

2007年11月27日

役場ロビーにペレットストーブ登場

 今日は用事があって役場に行きました。
正面玄関から入ると、何となくロビーの窓際が・・・暖かい?!

そこにはペレットストーブが設置され、ゆらゆらと火が燃えていました。(昨日設置されたそうです。)役場はセントラルヒーティングなので、今まで直接火にあたることはありませんでした。そこに「火」があるのは暖かいものなんですね。

担当者に会えなかったので、どのくらいの燃料を燃やしているのか等詳しいことはわかりませんでした。後日確認してみます。

2007年10月28日

冬の使者・2

 数日前、雪虫とは別の「冬の使者」が訪れました。シジュウカラです。キーキーと、効きの悪い自転車ブレーキのような声で鳴きます。

図鑑等では1年中住んでいる留鳥になるのですが、我が家で目にするのは決まってこの時期です。片付けているハウスの中や撰花場に入ってきたり、時には寒さで死んでいたり。特徴的な黒いスジと青みがかった身体の一部が特徴です。

写真は撰花場の天井にとまっているシジュウカラです。動きが速いのと遠いのとで鮮明ではありませんが、雰囲気だけ楽しんでください。

2007年10月24日

冬の使者

今日は久しぶりに朝から青空。2度目の霜にもかかわらず日中は気温も上がり(最高気温は13.9℃)風もなく一日穏やかな秋の日和でした。ビニールハウスの片付け(積雪に備えて、ビニールを剥いで骨だけにする)もはかどり、寂しくなった圃場とは裏腹に、気持ちはホッとしています。

雪虫
のんびり気分で裏の土手に行って、傾き加減の日差しに輝く景色を堪能していると・・・フワフワと雪虫が漂いだし、あっという間に大群に!


本当に雪が降っているみたいに、目の前の空間の全てに雪虫が点在し、そこに名残惜しそうな太陽がキラキラと輝きを与えていて、それはそれは素敵でした。

写真にとっては見ましたが、目の前の感動を伝えることができず残念。
やっぱりこの季節に月形に来ないと見られない、とっておきの空間です。

2007年10月21日

C.F.A Club do!!の函館研修会から

私の持っている資格に「NPO法人日本切花装飾協会のカットフラワーアドバイザー(C.F.A)」というものがあります。これは切り花の生産から販売、消費までを専門的、総合的に学んだ人に与えられるものです。
約1年前、その資格を持っている道内の有志により、より深く花について学ぼうと「C.F.A Club do!!(北海道クラブ)」という団体を立ち上げました。私はその立ち上げから携わり、今は企画部員として活動しています。
そして今年のテーマは「花育」。様々な活動に取り組んでいて、この土、日に函館で研修会を行いました。

 
1日目は協会の花育活動「KIDS FLOWER(子供達に、花に親しんでもらおうという企画。東京の渋谷区の小学生を中心にして展開)」の実践紹介と、函館の花屋さんによるデモンストレーション(子供の花育教室のためのデザインや、クリスマスの花作品の紹介など。)です。


2日目は某花通信販売関係の全道コンテストの見学と、道南の主要な切り花産地である「七飯町」の圃場見学です。

今回も生産者、市場、花屋、アレンジ教室の先生、消費者と様々な立場の人が集まりました。初顔合わせの人もたくさんいる中、花に関する様々な話題で盛り上がり、楽しく充実した2日間を過ごしてきました。


C.F.A Club do!!の企画部員としての活動は、いつも楽しく勉強になります。花に関係する人の集まりといっても、それぞれ利害が相反する関係(売る側は高く売りたいし、買う側は安く買いたい)です。企画会議はいつも色んな意見が飛び交い、話しは四方八方に展開し、最終的には「貴重な時間とお金を使ってでも満足できる企画」にたどり着くのです。
こうして出来上がった今回の企画も、充分に満足していただいたようで、参加者はみんな名残惜しそうにバスを降り家路につきました。

こういった経験は「まちづくり」にも応用できます。
町の中に存在する様々な利害関係を超え、本質を見極め、心の満足を得られるようなサポートができれば、自然に楽しく幸せな時間になっていきます。そのためには腹を割って話し合い、本質を見極めるだけの体力が必要になります。
何事にも通じることかもしれません。

2007年10月13日

夕べは思いのほか暖かく・・・

さて、初雪は・・・おあずけです。
結局気温が5℃までしか下がらず、天気も回復して朝を迎えました。 とは言っても旭川では初雪を観測したようで、例年より早かったそうです。
月形も時間の問題ですね。

予報に反し、今日は一日良い天気で、秋の眩しい日差しが照りつけました。ただ風はかなり冷たく、日中でも10℃まで上がるのがやっと。 雰囲気は「冬の関東」そのもので、子供の頃体感していた「男体おろし(からっかぜ)」を思い起こさせました。今思えば関東の冬って暖かく、天気がよくて何でもできる活動的な季節だったんだなあって。

さて今夜も外は3℃まで冷え込んでいます。

2007年10月12日

冬の気配

天気予報では「これから明日の朝にかけて気温がぐっと下がり、平野部でも雪のちらつくところがあるかも」と言っています。

今日は朝から西〜北の風が冷たくふきすさび、田んぼの端に植えられたタモの木がゴウゴウと寂しげな音を立てて抵抗しています。空は雲と晴れ間が交互に訪れ、冬の暗さと秋の日差しの両方を感じさせてくれました。

今週に入ってから寒気が流入していて、にわか雨や雷の毎日です。雲も雪雲の様相(上空高くに伸びたところは限りなく白く輝き、地上に近づく程に灰色。地上近くの空と雲との境がなく、雲の底がいつしか支えきれなくなって地上に落ちてくるような感じ。気温が低ければそれが雪になる。)を呈し、そろそろ初雪なんだなあと感じさせていました。

それから昨日の午後、雪虫を見ました。雪虫はアブラムシの一種で、尾にロウでできた白いフワフワの綿状のものを付けています。見た目がまるで雪のようで、見かける時期も初雪の降るちょっと前、そこで「雪虫=ゆきむし」と呼ばれています。

今夜降るのかなあ? 明日の日記をお楽しみに。

2007年10月09日

第38回 全道ママさんバレーボール大会

日付は前後しますが、10月6日(土)に札幌市真駒内屋内競技場で行われた「第38回全道ママさんバレーボール大会」に参加してきました。もちろんプレーヤー(選手)として!

この大会は、全道各地の予選を勝ち抜いた33チームによって争われるもので、大会1日目(6日土曜日)には2会場を使って予選グループ戦と決勝トーナメントの1回戦が行われ、2日目(7日日曜日)には知事杯(総合優勝)チームが決定する、道内で最も大がかりな大会です。また、一度出場するとその後2年間は出場権が与えられないことから、年々体力が落ちていく多くのママさんにとって、知事杯(全道一)を目指した憧れの大会なのです。

私達のチーム「月形ポパイズ」の戦績は・・・この場では伏せますが、頑張ってきました。

ママさん、つまり家庭を持つ女性が本気でバレーをしようとした時、様々な問題が出てきます。ここに集ったママさん達は本人の努力と周りの大きな協力によって、それを乗り越えてきました。そのことは会場の様子からも見て取れます。乳飲み子を抱いて会場入りするママさん、年配の子守役のお婆ちゃんを連れているチーム、試合の合間合間で頻繁に携帯で連絡を取っているママさん・・・。至る所でそんな光景を目にします。
それから大会運営や審判もママさん自身で行っています。この方々のご協力とご奉仕もとても有り難いです。

そして私達のチームにも縁の下で支えてくれる人達がいます。この日試合に出る私達に代わって職場を守ってくれた同僚や家族、会場までバスを運転してくれたコーチ、わざわざ応援に来てくれた友人、他にも数え切れない支えで成り立っています。

ママさんの大会の開会式では必ず、この「支えてくれる人」に対する感謝の言葉が繰り返されるのです。

ママさんバレーは遊びの延長かもしれません。でもこうして本気で頑張れるものがあることで人生に張りと潤いが与えられ、前向きの気持ちも湧き上がらせてくれます。そして沢山の人の支えがあることを肌で感じ、自分も人のため、社会や地域のために何か貢献したいという気持ちを起こさせてくれます。
今、ママさんバレーに参加する人が少なくなり、チームや組織を維持することすら大変な時代になってきていることは寂しいことです。

ママさんバレーに限らず、女性が社会と繋がっている何かを持てたら、きっと「まち」が自然に生き生きしてくるでしょう。

2007年10月05日

家族は壊れやすいもの

最後の土曜講座のあとで、スウェーデンを研究している宮本先生がこんなことをおっしゃっていました。
「北欧では『家族は壊れやすいもの』という概念があるんです。だから壊れないように様々な施策で守っていこうとしているんです。」

一方、日本は?

家族(戸籍)という枠でしっかりはめられ、介護や育児も家族で賄うべきとずっと考えられてきました。そして女性(妻、嫁)がその担い手として労働してきたのです。
『家族は壊れないもの』あるいは『家族の絆は強固だ』と信じて。

今の日本は核家族化や少子高齢化が進み、家族の中での担い手が不足しています。
それなのに頭の中は昔のまま、現実に合わせていないのかもしれません。

北欧のモデルが必ずしも日本の文化に合うとは限らないけれど、日々変化する現実を見れば参考になることは多いはず。『家族は壊れやすいもの』という視点で施策を考えれば、女性がいきいきとした社会ができると思います。私も発想を柔軟にしなくちゃね。

女性が元気になれば、「まち」も元気になります。

2007年09月30日

「農家の友」の連載完了

私事ですが、この1年間(と言っても3人で順番に書いていたので、私は4回分です)、月刊誌「農家の友」の「カントリーライフにご招待」というコーナーの連載が完了しました。この雑誌は北海道農業改良普及協会が道内農家向けに発行しているもので、ほとんどが郵送で配布されるので一般の書店にはありません。

思い起こせば去年の暮れ、お話しをいただいたときは驚きました。
私の文章が雑誌に載るなんて!

私は国語が苦手でしたし、卒論も研究報告書もデータには自身があっても、その表現に苦労したものです。ただ常に「伝えたいこと」は頭にあったので、がむしゃらに書きつづっていました。
そんな私が書くことの楽しさを感じるようになったのは、「手紙」と「ブログ」と「意見チラシ」を通してです。(意見チラシとは、数名でグループを結成し、問題となる出来事について様々な角度から検証・データ収集・議論を通して方向性を導き出し、それらをまとめてチラシを作り、新聞折り込み等で町内に配布する。今までに「未来通信」「ふきのとうだより」「地球を愛する会@月形・広報誌」などの発行に関わってきました。)
自分が意見(考え)を発表する(伝える)ことで様々な人から反応があり、もう一度検討し、問題や自分自身ををより深く理解することができたのです。それに、私自身を知ってもらうのにも多いに役立ち、多方面に友達が増えました。書くことからこんなにも関係が広がるとは以前には想像もできなかったことです。

さて、この「農家の友」ではどうでしょう。これからが楽しみです。
ちなみに私の文章が掲載されているのは、
2007年2月号(地域と仲間・・・月形ポパイズとNPOふきのとう)
   5月号(花作り・・・多くの人の手で育てられる花)
   8月号(自然の恩恵を受けている人間のメッセージ・・・地球を愛する会)
   11月号(家族・・・山登りの楽しさ)・・・10月末に発行予定

興味を持たれた方、読んでいただけたら幸いです。

2007年09月26日

2007年度地方自治土曜講座 9月22日第5回講座

テーマ『格差を超える』

■ 第一講 「『格差社会』の現実と背景」 ジャーナリスト 平舘英明氏
・ 郵政民営化に見る格差社会 
  過疎地域の集配局集約で、身近な局が無集配の窓口局に
   → 配達距離が長くなることにより役場の支所的役割ができなくなる
      → 利用減 → 廃止 → 住めない
・ 交通(国鉄民営化での廃線)、教育(道立高校の統廃合)、医療(公立病院)も
  同じ構造(公益性より効率、収益)で進んでいる
・ 労働市場に広がる賃金破壊
 (スポット派遣、ワーキングプア、ダブルワーク、自営業者、農業者)
・ 「小さな政府」は社会保障制度の解体
 (生活保護、母子家庭加算、就学援助、障がい者自立支援法)
・ 社会保障を縮小させる「小さな政府」の一方で、増殖する「大きな政府」
  ——市場原理主義、国防強化、警察の増大

■ 第二講 「地域格差社会を超えるための自治体の役割」
              北海道大学大学院法学研究科 宮本太郎氏
・ 格差:今ここにある不公正 = 空間的不公正+歴史的不公正
・ 日本には福祉国家と違った、格差を生まない仕組み(日本型生活保障)があった。
  これが崩れ、保証が薄い若者に大きな影響が出た → 格差
・ 格差解決のイメージ)地域社会に架ける「4つの橋」:北欧との比較
  日本は危うい橋で一方通行。北欧はしっかりとした橋、行きつ戻りつできる。
・ 人と人との結びつきこそが問題解決の糸口
  信頼関係が強くなればコストがかからなくなる(例:警察)
・ 所得保障より、みんなが働ける環境を作ることが大事では

■ 第3講 パネル討論「北海道における脱『格差社会』への戦略」
  司会 :樽見弘紀氏(北海学園大学教授)
  討論者:平舘英明氏、宮本太郎氏、高原一隆氏(北海学園大学教授)
・ 地域を元気にする=社会関係を強化することがより良くなるポイント
  信頼関係の厚い、地方の方がポイント高いのではないか
・ 地域施策の主体は誰か?
  公が作った案にNPO等を乗せるのは上手くいかない
・ NPOの認識が薄い → NPOの幻想を取り除かなければならない
  特に自治体職員の意識改革(NPOは安上がりの行動隊ではない)
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今回の講義の中で「信頼関係が強くなればコストがかからなくなる」という発言がありました。田舎に住んでいる私としては、全ての生活コストが押さえられるのを実感します。治安コストは言うまでもなく、食糧コストは物々交換で、運搬コストは乗り合わせで、他にもたくさんあります。ですから、「地域格差」を感じる場面はあっても、実際は数字よりも少ないのではないかと考えられました。価値観の違いで解決できる場面もあるのではないかとも思います。
それに引き替え、同じ地域内での格差はより深刻さを増しているように感じます。同じ価値観で生活していれば価値の違いは歴然で、物質的格差+精神的格差が生じるためだと思います。
「格差」と一括りにせず、格差の原因を慎重に見極める必要性を感じました。よって格差是正の施策も場面によって異なり、オリジナリティーの必要性があると考えます。何事も中央集権的でなく、地方分権の時代になっていくのでしょう。

2007年09月25日

2007年度地方自治土曜講座 8月25日第4回講座

テーマ 『自治体財政破綻からの脱出』

■第一講 「財政危機からの脱出と地域の再生」  京都女子大学教授 橋本行史氏
・国が地方を助ける方法は、公共事業以外にもあるのではないか
・夕張市の財政破綻の原因は?
 (首長、職員、監査委員、議員、住民、マスコミ、学会、金融機関、道、国)
 全てのプレーヤーが地域振興を望み一体化(利害の一致)してしまった。
  → チェック機構が働いていない。ガバナンスの欠如。
    皆が関わっていると守りきれない。
・市民運動だけで地域を支えることはできない
 (ボランティア団体が活発化し、意識改革には良いが力不足 → 行政の役割が重要)
・今後の自治体経営とは、方向性(ビジョン)を示すこと。
 小さな資源のつなぎ合わせ、小規模成功の積み重ね、暮らし都市や生活都市の発想

■第二講 「政策選択と予算配分ー政策財務の視点から」 法政大学講師 加藤良重氏
・決算カード(決算状況のわかるもの。総務省HPから見ることができる)
・横並び主義(先送り体質)を脱却しないと経営改革はできない

■第三講 パネル討論      ※ 所用のため不参加

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今回の講義の中で最も印象に残ったのは、夕張市の財政破綻の要因分析で「そこに関わるオールプレーヤーの利害が一致してしまうとチェックできない、守れない」という点です。議会の一員として行政を監視する立場である私も、ともすると陥ってしまう危険があるのだと気付きました。常に様々な視点で物事を見つめ、素直に声に出していかなければと、再認識し、気が引き締まりました。

2007年度地方自治土曜講座 6月30日第2回講座

テーマ『市民の安心、安全をどう守る ーー自治体福祉政策の課題』

■第一講「医療・福祉制度改革と市町村の役割」 新潟大学法学部教授 加藤智章氏
・年金=規模の利益、できるだけ大きい方が良い
・医療や介護=小さなレベルできめ細かく。組織体としては小さい方が良い

・日本は世界の中で比較的早い段階で健康保険の制度を取り入れた。
 その後、制度改正を進めるうちに複雑になっていった。
・制度構造の急速な変化(1.総人口減少と少子高齢化、2.非正社員化)により
 他の国では経験していない問題が発生 → 新しい制度等の必要性

■第二講 「北海道における医療と介護問題ー自治体の課題をめぐって」
                北星学園大学社会福祉学部教授 杉本直人氏 
・北海道の医療、介護などの現状報告
・小規模多機能型居宅介護のモデル紹介

■第三講 事例発表「行政と社協が連携した地域福祉ー権利擁護事業」
                南富良野町保健福祉課課長補佐 東 啓二氏
・町の現状(過疎化、高齢化)から、地域福祉を担う社協への支援が不可欠
・行政が地域福祉計画を、社協が地域福祉実践計画を策定し、役割を明確化
  → 地域福祉のソフト面の充実を計る
・成果事例として権利擁護事業(南富良野町生活サポートセンター)

■第四講 パネルディスカッション「地域に根ざした医療・福祉とは」
 司会)   杉本直人氏
 パネリスト)加藤智章氏、東啓二氏、白戸一秀氏(北海道社会福祉協議会事務局次長)

・これからの社協の方向性は、個人のニーズを中心に社会的な援助を組織化すること
・「公私分担」から「地域協働」へ、住民視点の地域福祉で
・東京(中央)の論理と、過疎地、地方、中山間地の現状とは違いがある。
 ニーズをしっかりつかめ。地域の中での協議が大切だ。
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医療・福祉・介護は地方の小さな自治体にとってはとても重要な事項ですが、制度が複雑なので何ができるのか、どこをどのようにすればニーズに合った施策ができるのか、戸惑うことが多々ありました。そんな中、今回の講義の中で南富良野町の実践例が報告されたり、後期高齢者医療制度の話題が出たり、私にとってタイムリーで(今年から国民健康保険運営協議会委員になったので)興味深い講座でした。

2007年度地方自治土曜講座 5月19日第1回講座

テーマ「地方分権改革」 

全体の講義内容は こちら
西尾勝氏の講義内容と感想は こちら
討論の内容と感想は こちら

地方自治土曜講座の公式HPは こちら

2007年09月24日

2007年度 地方自治土曜講座 終了

9月22日(土)で今年度の地方自治土曜講座が終了しました。
今年は5月19日に始まり全5回の開催で、通常は北海学園大の大教室で行われました(サマーセミナーのみ白老町)。

私はサマーセミナー(第3回)には参加できなかったのですが、毎回新たな視点と問題意識、まちづくりや議員活動への活力をもらって帰ってきました。また、議員となって制度や仕組みを学び、知識も増えたので、今まで以上により深く理解できるようになりました。
ただ残念なのは、一般人の新鮮な感覚(疑問)を失ってしまったことです。初参加の頃(4年前)は講義の内容が十分に理解できなかったにもかかわらず、討論の時間に手を挙げて素朴な質問をしてみたり、意見を言ってみたり。今思えばかなり突拍子もないパワフルな人間だったと思います。そんな大胆な行動をとらせたのも「地方自治」への疑問と、どうすればより良くなるのかの方法が解らなかったからです。
それが今、議員となり疑問が少しずつ解消し、自分の行動(活動)で直接的に変革することができる立場になりました。土曜講座で学んだこと、感じたことを実践に繋げなければ。今まで外向きにあふれていたパワーを今度は内に貯めて、要所要所で発揮していきたいと思います。

初参加から4年目にもなると顔見知りや友達も増え、会場で会うのが楽しみです。また、知らない方から声をかけられることもあって、道内各地に人脈が広がってきました。土曜講座は私にとってかけがえのない大事な場になっています。

最終講義の後には急遽懇親会の席が設けられ、講演の先生方やスタッフの方々と様々な話題でお話しさせていただきました。同じ時間を共有したからこそ言葉のキャッチボールが成立し、楽しく有意義な時間を過ごすことができたのだと思います。スタッフの皆さん、ありがとうございました。

なお、土曜講座各回の内容と感想等は次項にまとめてお知らせします。

2007年09月14日

一人前の議員として、ホップ ステップ 

初の決算委員会と、2回目の定例会が終わりました。

反省点は多々あります。特に、議会の形式的な部分が身についていないことを痛感しました。今まで以上に議場では「議員」という立場を意識し、発言や行動をしなければ。1年生議員の今だからこそ、しっかり身につけたいと思います。

それから良い点として、私の物事に対する視点と姿勢は今まで通りで何ら問題がないこともわかりました。自分が見て感じ考えたことを素直に伝えることで、今までとは違う新たな観点を提供できるのだと、ちょっと自信がつきました。議員になって出会いも行動範囲も格段に広がりました。これらを生かして積極的に活動していきたいです。

一人前の議員としてはまだ完成されていませんが、この初々しい感覚と、若さならではの機敏さ、私ならではの感性を活かして、今しかできない「新風」としての役割を充分に発揮したいと思います。
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2007年09月08日

台風は何事もなく

心配していた台風9号は、8日朝7〜8時頃には月形のすぐ西側を通ったもようです。
台風の目に入ったからか、弱まったからか、風はほとんど吹かず雨も降りませんでした。

今日は「たいしたことなくてよかったね。」の挨拶で始まる一日でした。

あ〜本当によかった!

2007年09月07日

台風9号接近中

今現在、台風9号の中心は渡島半島付近にあって海岸線に沿って北上しようとしています。
東日本を縦断してきたにもかかわらず、まだ台風のままです。

夕べは秋雨前線の影響で激しい雨が降り、日中は小康状態だったものの北風が常に吹いていて、台風が徐々に近づいてくるのを感じさせました。そして夕方からは激しい雨と時折強い風が吹いています。いよいよやってくる、そんな感じです。

思い起こせば3年前、9月8日は台風18号の被害にあった日です。我が家でもビニールハウスが骨ごと崩壊したのが5棟、ビニールが裂けたのが十数棟。出荷間近の花が倒されたり、もまれたり、折れたり、下敷きになったり・・・。幸いにも人的被害はありませんでしたが、収入も生産意欲も大きなダメージを受けました。

あの時以来「台風」を念頭に置いて作付けしています。私も夫も関東出身なので、子供の頃から台風について見聞きしてきたことが今生きています。
経験と伝承は生きる力の源! 大切にしていきたいです。

さて、台風9号は明日の朝再接近するとの予報。どうか被害がでませんように。

2007年08月16日

議員としての立ち位置

議員になって約4ヶ月、その間「議員とは」「議員らしさ」「議員の仕事」など、今までの生活からでは想像できない議員生活に戸惑い、いわゆる議員像に自分を合わせようと必死になっていました。
なので、Aコープに農作業服(ヨレヨレジャージに色の褪めたポロシャツ、バンダナ姿)で夕方の買い物をしている時に、あまり面識のない方から「頑張って下さいね。」と声をかけられると、照れと引け目で充分な受け答えができていませんでした。

でも考えてみれば、町民の皆さんはこんな私のことを百も承知で投票して下さったわけです。私が今更格好つけたところで中身は変わらないのに、勝手に私は舞い上がっていたようなものでした。
こんな格好で慌ただしくAコープで買い物をしている議員を今までみたことがなかったのは、そんな生活をしている議員が今までいなかっただけのこと。つまり、こういう生活をしている私だからこそ、議員として必要とされたのだと気付きました。自信を持って自分らしく生活し、その中で感じたことを議会に活かすことこそが私の使命だったんです。

今更気付くとは遅いですが、これからは何事にも自分らしさを忘れず、自分に素直に物事に取り組んでいきたいと思います。

どうぞ皆さん、いつでもお気軽に声をかけて下さい。よろしくお願いします。
私は本を読むよりも、人と会って話しをすることで吸収するタイプです。

2007年08月10日

合意形成するための議論はどこに?

今日、私にとっては初の常任委員会がありました。委員会の内容は後日書きますが、その委員会のあり方、あるいは議会のあり方に猛烈にガッカリしています。

「議会は言論の府である」と、議員になってすぐに先輩議員に言われました。これはいったい何を意味していたのでしょうか?

私がまだ一般町民だった頃、本会議やまちづくり特別委員会、予算委員会等を傍聴する限り「言論の府」というには議論の積み重ねが薄いと感じていました。議員それぞれが自分の意見を言い合うだけで、その矛盾点や疑問を突っ込むことがなく、合意形成される前に多数決で物事を決めていたからです。
しかし、定例会では「委員会報告」があり、そこでは合意形成されたがごとくの報告がなされていました。きっと私達が傍聴できない(公開されていない)議員協議会や、私の傍聴していない常任委員会のどこかで議論がなされ合意形成されているのだと(勝手に良い方に)解釈していました。

そんな淡い期待も議員生活4ヶ月目を向かえて、もろくも崩れ去りました。
今まで行われた多くの会議で「議論の積み重ね」はほとんどできていません。特に行政と議会という局面では、「(行政による)説明と(議員からの)質問と(行政の)応答」のパターンで終了します。その事項に対する議員相互の議論はありません。
従ってどこまでいっても(いつまでも)議員個人の考えは変更される機会がなく、議会全体のまとまりも、方向性も示すことができず、次の場面への展開もありません。

古い話ですが、このいい例が「合併に関する住民投票」の時の議会の対応です。議会は多数決で「自立」を決め、それ以上の議論はなされませんでした。その結果、住民投票で合併の意向が示されたときにすぐに対応できず、空白の期間ができてしまったのです。
もしもこの時、非公開でも良いから議論が尽くされていたなら、多数の意見に関係なく様々な考えや方法、運び方などが議題に上り、検討されていたことでしょう。そして住民投票の結果がどちらにでようとも対応できたのではないでしょうか。
一般町民としてこの一部始終を見ていた私は、この時に議会改革の必要性を感じました。

そして今、自分が議員になってこの当事者となってしまったことに腹が立っています。
議論のない議会では町民の負託に応えることができません。
行政のチェック機能としての議会は、今のままでも何とかやっていけるでしょう。しかし議会に求められているのはそれだけではないはず。これからの月形の進むべき方向を見据え先手を打った対応が必要になってきています。
そのためには議会としての合意形成が重要で、その手法として議論の積み重ねが必要不可欠です。つまり議会改革がなされなければなりません。

2007年08月06日

議員と地域人・家庭人・職業人としてのジレンマ

最近、ブログが更新できていなくて反省しています。

先週初めに臨時議会があってからは、議員としての公式の行事はありませんでした。
ただ、町内会での葬儀のお手伝いや、子供の部活合宿のお手伝いなど、地域人・家庭人としての仕事がありました。また家業(農業)もお盆を前にして菊の出荷の最盛期となり、仕事に追われていました。
そんなこんなで私は議員としての時間を割けていなかったと思います。

議員になって、気持ちは四方八方にアンテナを巡らしているつもりでも、実際にはどれだけできているのか・・・。私の時間の多くを、議員としての活動につぎ込めないジレンマに不安といらだちを感じることがあります。

その一方で、ただ議員の仕事(具体的に何とは言えませんが)のみをしていることがはたして議員にとっていいことなのかとも思います。地域人として周りの人と接することで見えることも、家庭人として子供を通して感じることも、職業人として経済活動をしながら考えることも、結局は議員活動に通じていると思うからです。様々な体験や、幅の広いお付き合いの中にヒントがあると信じています。

私のような現役世代が議員として活動するには、このようなジレンマを常に抱えなければならないのでしょう。

2007年07月31日

スピードとタイミングに感激

農作業を終えて帰宅すると、栗山町議会事務局より栗山町議会に関するたくさんの資料が郵送されていました。これらは栗山町議会事務局より送られてきたものです。

この話の最初は、先週金曜日のパークゴルフ大会までさかのぼります。
懇親会の席で、栗山町議会事務局長と名刺交換をし、「議会の取り組み」に関するお話しを少し伺いしました。
たったそれだけだったにもかかわらず、週明けの今日(火曜日)、資料が届いていたのです。

この迅速で心配りの行き届いた対応に感激しました。
流石です。なるほどです。見習いたいです。

と同時に、
こんな風に、私の議員活動は求めに応じているのだろうか?
充分に応えているのだろうか?
今回の出来事は、自分の行動を映す鏡として、私の心にしっかり入ってきました。

栗山町議会議員、議会事務局の皆さん、ありがとうございました。

2007年07月28日

議員研修のアイデア

議員になってから既定の研修会に何度となく参加してきて、いつも物足りなさを感じていました。議員が大人数で集まることで有名な講師の話を聞くことができるのは、それはそれでいいのだけれど、一方通行の話になっているように感じていました。
もっと実践的で、積極的に自分も関われるような研修会はないものかと。

昨日の懇親会での会話から研修会のアイデアが浮かんできました。

「ワークショップ(グループワーク)方式による研修会」
・例えば南空知5町の議員が集まり、ランダムに5〜6人程度のグループを作る。
・グループごとにくじ引き等でテーマを割り当て、討論開始。
・各町の現状を紹介したり、議員個人の考えを披露したり。
・グループごとに話し合った内容の概要を発表。

グループごとに結論を出す必要はなく、色々な意見を出して様々な視点を共有したり、議論の積み重ね方を学んだりできると考えられます。


地方分権が進めば、議員の能力や議会の機能が地域の利益と密接に関連してきます。だからこそ議員一人ひとりが考え発言する能力を高め、議会に反映させる必要があると思うのです。そのための訓練の場が今の議会には少なすぎますし、その場を得ようとする議員も少ないように思います。だからこそ町村議会議長会などでこのような研修会を企画してくだされば、もっと議員に力がつくのではないかと考えます。

とは言え、この研修会に参加する人は少ないでしょうね。結局は有志団体を作ってやるしかないかなあ。その方が身動きは取りやすいし、タイムリーな内容を話し合うこともでるし・・・。

2007年07月27日

南空知町村議会議員親睦パークゴルフ大会

本日、栗山町にて標題の大会が開催されました。
この大会は長沼、南幌、由仁、栗山、月形の南空知5町の議員と理事者(町長、副町長、教育長等)、議会事務局員の親睦などを目的に毎年行われるもので、今回は73名が参加しました。町村合併(岩見沢市・栗沢町・北村)と議員定数削減の影響で参加者がぐっと減ったそうです。

さて大会は、経験豊富なベテラン議員や理事者が活躍し、初心者の私は18ホールを終えるのが精一杯でした。結果73人中69位と月形町議会の中でも最低で、団体戦の足を引っ張ってしまいました。練習が足りないので実力通りの結果なのですが、情けない気持ちでいっぱいです。親睦が目的とはいえ、これでは一緒に廻る方にも迷惑ですので、来年はもう少し頑張ります。

ラウンド中、色々指導してくださった南幌町のH議員、声をかけて場を盛り上げてくださった長沼町のN議員、ありがとうございました。

大会後の懇親会で色々な方と話ができ、親睦だけでなく、これからの議員活動に関するアイデアを得ることができました。普段と違う雰囲気で、様々な人と話をするのは大事なことですね。特に新しいことをしようと思うときには必要なことだと再認識しました。

2007年07月24日

町村議会新任議員研修会

全道の町村から現在1期目に当たる新任議員を一堂に集め、研修会が行われました。場所は札幌、7月17日午後のことです。月形からは私と楠議員が参加しました。
参加者は81町村から181人。これは全道145町村のうち、選挙が行われた町村(無投票当選以外の町村)のほとんどで新任議員が誕生しているということを意味しています。また、全道町村の総議員(1800人強)の約1割が新人になったということでもあります。

さて、研修の内容は町村議員議長会の説明と、議員の基本使命、会議原則と進め方等で、全国町村議会議長会発行の「議員必携」の内容を踏襲するものでした。

この研修会に参加し他町村の新任議員を目の当たりにして、その年齢の高さと女性の少なさに今更ながら驚きました。議員は経験を積んだ者や男性が集まるところなのでしょうか?
私は町村議員および議会とは、地域に住む様々な層の人達が集まり、それぞれの立場や考えを出し合って議論する場だと考えています。国政のように「政治家」と呼ばれる特殊な人でなく、最も身近な基礎自治体である町村議会は、国政以上に多種多様な人が議員になる必要があると思うのです。また人口の半分を占める女性議員がもっと必要だとも思います(性別だけで分けるわけではありませんが、町村議会に女性が少なすぎます)。

ここ数年、定数削減により議会(議員)の敷居は高くなり、限られた人による議会になる傾向にあります。地方自治体の財政難も理解できますが、議会が議会として機能するためにももっと多くの意見やものの見方が必要に思います。私個人としては、議員総数をもっと増やし、その分議員一人あたりの報酬を減らす(報酬を減らしても生活できるよう、今以上に兼職を考慮した議会のあり方を検討する)、あるいは経費を削る(削りすぎて議員活動に支障のないよう、目的と報告を明確にし無駄を省く)。工夫次第では今の予算のまま議員定数を増やすことも可能かと思います。あとは一人ひとりの議員活動にかかってきます。

研修会の内容とは別に、月形で初の女性議員であり現在最も若い議員でもある私の役割を考えさせられる研修会でした。

2007年07月16日

【災害用伝言ダイヤル】

NTT東日本岩見沢支店がテント内で「災害用伝言ダイヤル(171)」の無料体験コーナーを開いていました。

災害用伝言ダイヤルは固定電話番号を鍵(暗証番号)のように使って、伝言を録音・再生し、災害時の安否確認情報などをやり取りするサービスです。今まで大きな災害時に開設され、たくさんの人に利用されてきました。

私は情報としては知っていましたが、実際に体験するのは今回が初めてです。私が録音し、子供が再生を体験しました。音声ガイダンスに従って行うと簡単にでき、また自宅の電話番号を暗証番号のように使うので、数字がたくさんあっても覚えていられます。家族なら自宅の電話番号はスラスラと出てくるので、安心して情報を共有することができました。

今日、新潟方面で大きな地震がありましたが、月形にも活断層があり大きな地震がいつ来るかも分かりません。そんな時このサービスが多いに役立つであろうと思います。今回家族で体験することができ、一つ安心を手にした気分です。

【孤立者救出訓練】

中州に取り残された人をボートや防災ヘリで救出する訓練です。


消防月形支署の職員がボートに乗って中州に行き、現場でケガ人の応急処置して救出してきたところです。この後、町立病院の医師と看護師の待つ「応急救護所」までケガ人を搬送しました。


ケガ人を上空にロープでつり上げているところ。
まず防災ヘリが現場上空に到着し、そこからロープを使って救助員が下降。防災ヘリは一旦上空で待機。救助員が現場で応急処置を済ませ再度防災ヘリを呼び、けが人をロープを使ってつり上げ(写真)ます。その後、救助員もつり上げられながらロープを回収し、防災ヘリは一気に加速し去っていきました。

ボートを自在に操る消防署職員も、防災ヘリから滑るような身のこなしで救助に向かう救助員も、日ごろの鍛錬の成果なのでしょう、ともに頼もしく感動しました。それに私の隣でこの訓練を見ていた息子は「すっごいね〜。」「カッコイイ。」を連発していました。こういう体験から「消防士になりたい。」「レスキュー隊になりたい」と思う子どもが出てくるのでしょうね。たくさんの子供たちに見せたかった!!

それから気になったのがヘリの下降気流。上空にヘリが静止している間中、現場は木が折れるほどに揺さぶられ、台風の時よりも凄い風が吹きまくっていました。あんなに凄いとは思いませんでした。

【炊き出し訓練】

炊き出し訓練は、月形町日本赤十字奉仕団(日赤奉仕団)によって行われ、2種類のご飯を作りました。

一つは「ハイゼックス」という特殊な袋を使って炊いた白米。


ハイゼックスに研いだ白米を下の目盛りまで入れ(約1合)、そこに飲料水を上の目盛りまで入れる。空気を抜いて口をゴムでキッチリ縛る。


それを沸騰したお湯に入れ、再沸騰してから30分間煮る。(この時、茹でるお湯は泥水でも可。特殊な袋のため、袋の中は安全清潔に保たれる。)


茹で上がったらお湯から取り出し10分蒸らすと出来上がり。袋の中でふっくらしたご飯になっている。ちょっと堅めだが普通のごはんと変わらずおいしかった。何よりあたたかいのが良かった。


こちらはもう一つの米「アルファ米」を使ったご飯。今回は五目ごはん味。
袋の封を切ってお湯を入れ、口を閉める。30分待てば出来上がり。(水で作る場合は60分。)
アルファ米の食味は年々進化し、味付けごはんだったせいもあって、おいしかった。

私は山登りをするので、20年くらい前に初めてアルファ米(白米)を食べました。その時は食感(ボソボソ感)と匂いと味の悪さにガッカリした記憶があります。それに比べ今回の炊き出しのご飯は雲泥の差で、驚きました。
私の中では、山の上での生活と災害時のそれとは共通しています。温かくおいしいご飯は何よりの元気の素、明日への希望です。炊き出しはとても重要な役割を担っていると思います。

月形町総合防災訓練

7月14日(土)朝、町内皆楽公園にて、月形町主催の総合防災訓練が行われました。

多くの協力団体の参加の下、被害を最小限にとどめるための訓練が行われました。
 ●住民避難訓練(住民参加による避難誘導)
 ●排水訓練(大型ポンプなどによる排水実演)
 ●土のう積み訓練(消防団による土のう積み実演)
 ●孤立者救出訓練(防災ヘリ・ボートによる救出)
 ●炊き出し訓練(日赤奉仕団による炊き出し)

町内では今までこのような大規模な防災訓練が行われたことがなかったことと、PRが不十分だったために、一般町民の関心は薄く、見学者の数が少なかったのが残念でした。

有事を想定し訓練に励む人々の姿は、見ている私にも緊迫感を与え「この人たちのお陰で守られている。有り難い。自分も何か協力したい。」という気持ちが自然に湧き上がってきました。きっと見学している人は皆、大なり小なりそういう気持ちになったのではないでしょうか。
だからこそ、訓練の目的と意義を充分にPRし、たくさんの人に見てもらいたかったです。そうすることで町民の防災意識も向上し、民と官の協働も上手くいくのではないかと思うのです。
まずはこれをきっかけに、各行政区や団体で、身近で実践的な防災訓練が行われればと思います。

2007年07月09日

環境意識向上の動き(その2)

先日、同じ町内で葬儀があり、お手伝いに行ったときのことです。
食事の後片付けをしているときに「ゴミは分別してくださいね。」と葬儀屋のお姉さんが声を掛けてくれました。

みんな家庭ではキチンと分別していても、こうした集団の場になると『面倒くさい』『一人だけやっても意味がない』『分けるゴミ箱がない』等の理由で、全てのゴミを一緒くたにして『一般ゴミ』として出すことがよくあります。心では良くないことと分かっていても、始めるきっかけがないとつい流されてしまいます。
そんな時に葬儀屋のお姉さんは臆することもなく声を掛け、そしてダンボールで作ったゴミ箱をいくつも持ってきました。そこには「プラ」「紙」「ペット」などのリサイクルマークが書いてあり、一目で分かるようになっていました。

この葬儀屋のお姉さんの行動に私は感動し、また反省させられました。
自分一人やっていても自己満足で終わってしまい、物事の広がりはありません。ほんのちょっと勇気を出して声かけをし、みんなで一緒にゴミの減量や地球温暖化防止運動を進めていくことが、今一番大切なことなんだと気付かされました。
そしてこの月形町内に、ごく自然にこんなステキな行動をしている人がいると言うことが分かって、嬉しく勇気づけられました。

さあこれから私も、丁寧に、優しく、そしてキッパリと
「ゴミは分別しましょう!」「アイドリングはやめましょう!」
と言葉に出して伝えていきたいと思います。

2007年06月23日

「キャンドルナイトin月形」で見えたもの

キャンドルナイト我が家では、もう随分と前からキャンドルナイトをやっていましたが、今回こうして仲間と一緒に向かえたのは初めてでした。
家族だけのものとは違ったキャンドルナイト、そこで見えたものは・・・

「キャンドルナイトin月形」で、私は企画の段階から参加し、当日は花材などの収集と受付、思い出フラッグづくりを担当しました。本番の2時間+αは、仲間と一緒の時間を分かち合い、それはそれで楽しかったです。

でもやっぱり、私は準備段階が一番楽しかった!! 

何もないところから自分達の思い描く「キャンドルナイト」を人に伝えて形にする作業は、時として意見がぶつかり、時として不可能と思えたり。右往左往しながら、それでも一つ一つ形になって、自信になって、あっという間に過ぎていきました。
企画や準備と言っても、私がやれたのは全体のごく一部でしたが、それでも始めの段階から参加できたことが何よりで、本当に「心豊かな時間」を過ごさせてもらったと感謝しています。

それから、仲間と一緒のキャンドルナイトを過ごしたにもかかわらず、家族の大切さを再確認させられたのも事実です。

当日、キャンドルの下に敷くイタドリの葉とアカツメクサなどの小花を調達するのが私の担当でした。ともに約200枚(本)。

夕方、息子(小5)と須部都川の土手で草花を摘み始めました。
すると息子が「お花さん、ごめんなさい。」「お花さん、ごめんなさい。」
と言って摘んでいます。
私「どうしてごめんなさいなの?」
息子「だってお花さんはここにいたらずっと咲いていられるのに、僕が摘んじゃったら死んじゃうでしょ。」
私「そう。でもさ、このお花は摘んだあと今日のキャンドルナイトで使われて、みんなにキレイだねって言われるんだよ。無駄になるわけじゃないから大丈夫なんじゃないの。」
息子「そうだね。じゃあ僕もう言わない。」

そしてその後
息子「お母さん、こうして二人でお花摘んだりするの久しぶりだね。」
と言ってニッコリ笑っていました。

私はふ〜っと肩の力が抜けました。
「時間までに数を確保しなくちゃ」なんて思いで必死に摘んでいたのがバカみたい。
そうだよね、「ステキ」って喜んでくれる人の顔が見たくてやっているんだし、息子とこうして花摘みできるのはもう何度もないかもしれない。この時間を大事にしなくてキャンドルナイトに何の意味があるんだろう。心づくしのおもてなしができれば、例え体裁が悪くたって何の問題もない。
「心豊かな時」の積み重ねがあって初めて「心豊かな時間」を共有できる。
こう思えた時、私の中で「キャンドルナイトin月形」は既に始まっていたことに気付きました。

こんなステキなことを気付かせてくれた息子。そしてこの息子がのびのびと振る舞える家族。私にはかけがえのない存在だと言うことを改めて感じさせてくれました。


日常の中の「宝物」を気付かせてくれた「キャンドルナイトin月形」。
やっぱりステキなイベントでした。どうもありがとう。

2007年06月20日

日記を読んで、どうですか?

最近アクセス数が増えてきています。
私の日記を読んでくださっている方がいると思うだけで嬉しいです。
ありがとうございます。

この日記は私にとってとっても大事な情報発信ツールです。
間を置かず、時間をかけずに、
画面の前にいる「あ・な・た」に私を届けることができるからです。

これからも日々の議員活動などを素直に、正直に書き記し、
私の考えや行動を皆さんにお伝えしたいと思っています。
そして、皆さんのご意見やご感想なども伺いたいです。

画面の前の「あ・な・た」、
コメント書き込んでみませんか?

2007年06月18日

明日は初「定例会」

いよいよ明日は初の定例会です。そして初の一般質問です。
ちょっと緊張? でもないかな。

議会事務局から配布された議案書などは全て目を通し、ほぼ理解できました。
議事の流れもイメージできています。
あとは自分の一般質問。

必要と思われるデータは収集して、表とグラフにしました。
(前もって配布するようにと言われたお陰で、早々に作ることができました。
普段の私なら、直前(つまり今日)作っていたことでしょう。)

質問1「広報広聴について」は要点を整理して、簡単な原稿を書きました。
残るは、質問2「公共施設の有効利用について」。
全体の流れは頭に入っているので、言葉を拾ってメモを作ればOK。

こんなに計画的に準備を済ませてることは今までなかった私。
でも、余裕があるのっていいですね。これからも心がけます。

明日の朝も余裕を持って出かけられるよう、さあもう一踏ん張りして早く寝よう。

2007年06月11日

議運で了承されたが・・・

私は一般質問をする際、正確な情報を元に問題点をあぶり出し、議論を尽くして最善の方向性を導き出したいと考えています。そのためには情報収集が大切ですし、その情報の出し方も重要だと考えています。

でも現実の場面ではなかなか思うように事が運びません。一般常識と議会の常識の間で、前例という大きな壁と、慣例という深い溝が横たわっています。

上手く橋が架けられればいいのですが、そんな大きな橋は一人ではなかなかかけられないです。だから、独りで望むのだったら一歩ずつ谷を渡り山を越えなければ。相当険しく長い距離ですが、ここは若さを武器に、体力と回転の速さで乗り切らなければ。

「世の中を変えるのは、若者、よそ者、馬鹿者」とか。私が馬鹿者になれば「鬼に金棒」ですね。

2007年06月02日

小学校の運動会

今日は月形小学校の運動会でした。
月形町内の2つの小学校とも今日が運動会だったため、来賓席には副町長が来ていました。そして議長と総務民教常任委員長の姿もありました。

私は今回、息子の活躍を見るべく保護者席で一日過ごしました。議員として、主催者のところに挨拶に行くべきか、迷ったのですが結局行かず仕舞いでした。

私はこういう場面でどのように振る舞えばいいのか、迷ってしまいます。

2007年05月28日

松岡農水大臣の自殺

昼休みが終わって午後の農作業を始めてすぐ、
「松岡農水大臣、自殺か?」という第一報がラジオから流れた。
「え”っ!!」思わず声が出て、持っていた手鍬を落としてしまった。

大臣のことをよく知っているわけでもなく、
思い入れがあったわけでもないけれど、
最近のニュースで取り上げられていることで気になる存在ではあった。

政治家が自殺する度に思うことは
「死んで何の解決になるんだろう。」
「死ぬくらいなら、他にできることがいっぱいありそうなのに。」
死んで喜ぶ人なんて誰もいないし、
結局は誰かが何かを背負い込まなければならなくなるのに。
政治に関係すると自分を見失ってしまうものなのだろうか?

私は町議になって、政治に世界に足を踏み入れた。
もちろん、大臣と町議とは背負っているものが違うのも分かっている。
それでも同じ「公人」として今回の自殺は気にかかる。

私は自分に素直に生きたい。
利害に絡んで魂を売ることだけは絶対にしたくない。
そのための、ほんの少しの勇気だけは失いたくない。
それが持てなくなったときは辞めるときだと思う。

謹んで、松岡農水大臣のご冥福をお祈りいたします。

2007年05月18日

自分を振り返る、道端の出会い

今日は夕方からPTAの懇親会があり、その帰り道のこと。
午後10時過ぎ。
今朝から雨が降ったり止んだり、その時も小雨が降っていた。

私は歩いて帰宅途中、
自転車に乗ったおじさんが私の横をする抜け道端で止まり、
そこにある大きな金属製の箱を空けてなにやら操作していた。

私   「こんばんは。何しているんですか?」
おじさん「ここに排水用のポンプが埋まっていて、
     警報がでたから操作しに来たんだよ。
     雨が降って水位が高くなっているから。」
私   「えっ! ここに操作盤があったんですか!
     警報って、夜中の場合も来るんですか?」
おじさん「ああ。」
私   「いやあ、大変ですね。
     それじゃあ、おやすみなさい。」

ほとんどの町民が知らないところで、おじさんは粛々と自分の仕事をしている。
そしてその仕事の積み重ねで、安全で快適な町が保たれている。
おじさん、ありがとうございます。
こんな風に、人の手で町が支えられていることを再確認する出会いでした。

さて、
私には(町の維持のために)どんな仕事が課せられているのか。
はたして、私はその仕事を粛々とこなしているだろうか。
自分の役割を考える出会いでもありました。

私が課せられていることとは、私が簡単にできることではないかもしれない。
それでも私にしかできないことなら、頑張ってやるしかない。
やることは分かっている。ならば粛々と行うだけ。

2007年04月30日

月形町議会議員になりました

 私は平成19年4月22日の統一地方選挙で月形町議会議員に当選しました。
 正確には5月1日から4年間の任期で町議会議員を務めます。

街頭演説 当選証書
 1枚目の写真は選挙活動の様子です。
 私は新規就農者で地縁も血縁もなかったので、自分の「まちづくりに対する想い」を町民の皆さんに聴いてもらうことが最も大事だと考えました。そこで普段使っている軽トラックの荷台に看板と演台を作りつけ、5日間の選挙運動期間中で158回の街頭演説を行いました。
 演説は2パターンあって、最初の3日間は私のプロフィールを中心に「私のまちづくり活動の経緯」を、あとの2日間は「私のまちづくりプラン(四つ葉のクローバーをシンボルマークにして)」を行いました。

 この演説の甲斐あってか、はたまた夫と二人軽トラックでの選挙運動が良かったのか、当選することができました。もちろん陰になり日向になり応援してくださった後援会の方々や、様々な関係で繋がっている人達のお陰があったのは言うまでもありません。
皆さんどうもありがとうございました。

 そして2枚目の写真が当選証書のカバー(本体はA4の学校でもらう賞状のようなもの)です。今回町議になったのは10人で、私は月形町始まって以来の女性議員と言うことです。


 これから色々な期待を背負って議員活動を進めるわけですが、今の私に迷いはありません。今までの「まちづくり活動」の延長線上に今回の選挙があり、その選挙でも自分の想いややり方を素直に誠意を持って伝えることで当選できたので、今のまま、真摯に前に進めばいいと思うからです。精一杯頑張りますね。

 それから皆さん、町議になったとは言え私自身は何ら変わりません。どうか今まで通りよろしくお願いいたします。

 余談ですが、選挙運動中、小中学生が盛んに手を振ったり、演説を聴きに来たりしてくれました。今までの選挙ではほとんど見たことのない光景です。それは私が女性(お母さん)だからで、子供たちにとってはより身近な存在なのだと思います。
 この子供たちの「まちづくりへの目覚め」を大事にし、この子供たちにも届くような議員活動をしていきたいと思います。