2008年10月31日
2008年09月29日
月形町長選挙の結果
2008年08月27日
「2008地方議員向けサマースクール」に行きたかった!
上記のサマースクールが今日から2泊3日の日程で始まりました。これは北海道大学公共政策大学院が主催するもので、地方議会の活性化と地方議員の能力向上を目指し、北大での座学や夕張での実地調査等を通して、地方議員が今必要とされる理論と実践を積む画期的なセミナーです。
この募集を知った時、私も「ぜひ参加したい」と強く思ったものでした。
議員になって2年目を迎えますが、残念ながら普段の議会活動では「議論の実践」「問題解決のための理論の構築」などはほとんどできていません。また町村議会議員では専業で議員活動ができるわけではなく、(私自身は)量的にも質的にも目標に届いていないように思います。
さらに様々なところで研修会が開かれていますが、多くは講義形式です。ゼミように講師陣や研修生同士が議論し合うようなものは極わずかで、私の最も求めているものでした。
とはいえ、農繁期のこの時期に丸3日間家を空けることができず、また他の議員活動の予定も入っていたので、今回は申し込みを断念しました。
議員として成長したい気持ちと、家業を守らなければならない現実、これからも葛藤は続くでしょう。いつか対処をキチンとして、向学心を満足させられるよう時間を作りたいです。
今回の定員は20名でしたが、50名以上の応募があり選抜されてセミナーに臨んだとか。私と同じように実践的なセミナーを求めている人が沢山いると言うことは心強いです(でも選抜されるということはライバルにもなるわけですね)。知り合いの道議会議員がこのセミナーに参加されているので、あとで様子や感想などを教えていただこうと思っています。楽しみです。
それから(要望があれば)ウインターセミナーの実施も検討されているそうなので、こちらに期待しして、まずは目の前の課題に取り組まなければ・・・(目下のところ、9月定例会の一般質問〆切が明後日に迫っています。)
2008年08月20日
農家としての超繁忙期
8月始めからの約半月、我が家の家業=農業(切り花の生産)では超繁忙期を迎え、日付や曜日、時間も忘れるほどの毎日を過ごしていました。というのも、我が家の主力生産品「白輪菊(写真)」はお盆向けで、この2週間足らずに数万本の出荷を行ったからです。
今年の菊市場は本州方面の高温の影響で主産地が咲き遅れ、全国的に品薄状況になり、市場が活況を呈しました。これは数年(イヤもっとかな)ぶりの出来事です。(ちなみに昨年は物がだぶついて最低の価格でした。)
この期間、出荷に追われていたとはいえ考えさせられることがたくさんありました。
◆人手不足・・・生産地(過疎地)では慢性的な人手不足
◆高齢化・・・・生産者は確実に高齢化している。生産力の減少
◆価格の極端な変動・・・生産原価とは関係なく、物の値段が決定するシステム
◆生産状況、流通に関する情報の薄さ
◆地球温暖化・・高温障害を引き起こす
◆石油高騰・・・作型の変化。石油を使わなくても生産できる時期へのシフト(特に本州主産地)。
◆便利さを追求した商機と、それにともなう無駄
◆慣習の変化・・墓参りもお盆期間に限らない
私は町議会議員ですが、農業も行わなければ家計は成り立たず、また農業をしたくて月形町にやって来た新規就農者としては、農業をしているときが至福の一時です。こうして超繁忙期を迎えると両立することにもかなり努力を要しますが、議員の仕事だけでは感じられない「社会の動き・問題点」が直接肌に刺さってきます。大変でも両立していきたい仕事です。
2008年07月01日
ブログ更新、再会いたします
2008年06月20日
もう少し待ってくださいね
2008年04月21日
朋あり遠方より来る、また楽しからずや
今日は大学時代の朋(=友。正確には2つ上の、夫とも共通の先輩)が遙々東京から来てくれました。仕事がらみとはいえ、実に12年ぶりの再会に心が弾んだのは言うまでもありません。
懐かしい話に花が咲き、近況など聞いて名刺交換。先輩は某化学会社の開発部長になっていて、他の友人もそれぞれの会社で要職についているとのこと、「へ〜、何だかスゴイですね。」
20年前に同じ研究室で学んだ先輩が、今は会社を引っ張る中堅どころとして活躍している現実。確かに頭には白いものも目立つし、言葉遣いや部下の話など、年月が経っていたことを感じずにはいられなかったです。でも、目の奥の輝きはあの頃のまま、時間を超えた心のふれあいがありました。
そこでふと、思った。
私はあの時会社を辞めていなかったら、今頃どうなっていたんだろう。
会社が合併・吸収になった時、行き先を失って路頭に迷ったか・・・
夫の転勤についていって、結局職を失っていたか・・・
夫が単身赴任となり、自分一人で子育てと仕事を両立させていく・・のは難しい。
一生仕事を続けたいと思っていても、会社員のまま研究員のまま、女性として母として最後まで人生を全うするのはかなり困難だったように思います。
結局のところ 『この道より、われを生かす道なし。この道を歩く』
自分の下した選択に誇りと自信を持ち、精一杯頑張ろうと思った今日でした。
2008年04月18日
これも私の仕事
私は町議会議員でありますが、農業者でもあります。
今年の春は記録的な暖かさと晴天で、例年になく農作業がはかどっています。が、やっぱり春は播種や定植で大忙し。寒さの厳しい北海道の農業では、春は1年を左右する大事な時期なのです。
というわけで、私も連日農作業に追われています。もちろん議会の仕事が最優先、地域の仕事も優先ではあるけれど、その合間をぬって農作業。写真は『菊苗の直差し』をしているところです。
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この菊はお盆の出荷に向けて栽培しているもので、この後、直差しした苗を発根させ、電照で花芽をコントロールし、芽かき作業(多数付く蕾を、中心の1つを除いてかき取る作業)を経て『輪菊』と呼ばれる仏壇やお墓等に飾る花に仕立てていきます。
切り花の栽培は色々な要素があり、また植物との対話で作業のタイミングを計るなど、様々な分野で応用できることが沢山含まれていると思います。
2008年04月11日
ついに4,000人を切りました
今日、何気なく月形町のHPを見ていたら、
平成20年3月31日現在の月形町の人口に目が留まりました。
男 1,974人 女 2,016人 合計 3,990人
とうとう4,000人を切ってしまいました。
つい先日配布された「町報4月号」には2月29日現在のデータが載っていて、そちらには
男 1,993人 女 2,033人 合計 4,026人
とあったので、この年度末の移動で「もしかしたら・・・」とは思っていたのですが、
これ程までとは!! 予想していたこととはいえ、ショックでした。
とはいえ、未来に向かって明るい話題も多い、今の月形町。
この現実しっかり踏まえ、郷土に誇りの持てるような取り組みをしていきたいと思います。
2008年04月08日
野鳥の楽園
月形町には春と秋にたくさんの「マガン」や「コハクチョウ」が飛来します。
これは越冬地(本州方面)と営巣地(ロシア方面)を渡る間に羽根を休める、国内最大の寄留地「宮島沼」(=ラムサール条約に登録)が目と鼻の先にあるからです。宮島沼で夜を過ごし、昼間は近隣の田んぼや畑で落ち穂や新芽をついばみます。マガンもコハクチョウも水鳥なので、雪が融けて地面が出てきた頃、ちょうど水溜まりになっているところを目指して、日々場所を変えながら食事をします。
我が家の圃場の周辺にも、例年より2週間以上早くマガンとコハクチョウがやってきました。
昨日は養鶏場のように「こゎっ、こゎっ」「くっくっく〜」などの声と、「バタバタ」「ザワザワ」という羽音、「ピチャピチャピチャ」とえさを食べる音、「ヒュンヒュン」と風を切って頭上を飛ぶ音・・・生きものの息づかいと命の活気に満ちあふれた音でいっぱいでした。
その上「ヒバリ」が「ピピピッピピピー」と頭上高くでさえずり、川縁には「アオサギ」の姿も。もちろんスズメやカラスやトンビだっていますし、名前がわからないような鳥もたくさん!
この時期の月形はきっと野鳥密度がとても高く、まさしく「野鳥の楽園」です。
ああ、でも、マガンとコハクチョウの大集団は、今日は既にちょっと先の田んぼに移動してしまいました。今年は気温が高いせいか田んぼの水溜まりもあっという間に乾いてしまい、マガン達の食事場移動も速いような気がします。
この先もう少し温かくなったら「オオジシギ」や「チゴハヤブサ」などもやってきます。待ち遠しいです。
2008年03月24日
第20回奈井江町長杯争奪ママさんバレーボール大会
昨日奈井江町で行われた大会に、月形町から私の所属する「月形ポパイズ」と、お姉さん(50歳以上のシニア)チーム「ニューポパイズ」が参加してきました。
他には「滝川みやび」「砂川若草」「沼田ポプラ」「奈井江サルビア」が一般ブロックで、シニアブロックでは「赤平若葉」「ピンネ友愛」の参加がありました。
奈井江と月形は、ほんの目と鼻の先なのですが、中空知と南空知ということで所属する連盟(滝川連盟と美唄連盟)も、全道大会の予選(北北海道と南北海道に別れるため)も別になってしまうために、あまり試合をする機会がありません。私達にとっては「北」地区のママさんと交流するとても楽しみな試合になっています。
試合結果(一般ブロック)は「沼田ポプラ」の優勝、「月形ポパイズ」の準優勝。
私達のチームは1,2試合とも3セットまでもつれ込んでの逆転勝利で、決勝戦も長いラリーの続く白熱した試合でした。プレーヤーとして楽しんだのは言うまでもありませんが、観客の方からも「いい試合だった」とお褒めの言葉をいただきました。
ママさんバレーを通してチームメイトと親交を深めるのはもちろんですが、こうして対外試合で全力を尽くし、純粋な気持ちで知らない者同士が向き合えるのもママさんバレーの魅力です。対戦相手のチームと試合の後に特別な交流をすることはありませんが、別の場面で出合ったときに「ママさんバレー」という言葉で繋がることができるのも、スポーツならではの爽やかさだと思います。
生涯スポーツとしての魅力たっぷりのママさんバレー、いっしょにやりませんか?
2008年01月17日
過冷却水もできる厳しい寒さ
夕べから今朝にかけて北海道は極寒(最低は旭川市江丹別ー33.2℃)でした。月形もとても冷え込み、最低気温は-21.8℃。午前0時~7時くらいまでー20℃前後で推移しました。
昨夜、この冷え込みに「パッ!!」っとひらめき・・・
ペットボトルに水を入れ、トイレ前の廊下に置いて寝ました。
今朝7時。夕べのペットボトルの水は液体のまま。
それをお椀に注ぐと~、あら不思議。
見る見るうちに「氷の塔」がニョキニョキ。
冷蔵庫のCMを目の前で再現したような光景に、家族全員、大大興奮。
氷の塔を触ってみると、弾力のあるゴムのような、シリコンのような、初めての感触でした。
今しばらく厳しい寒さは続きますが、こんな楽しみ方もできるのが、月形です。
2007年12月31日
私の2007年は『変』そして『兆し』
とうとう今年最後の1日となりました。
私にとっての今年を漢字でたとえると「変」でしょうか。
変化の大きかった1年でした。
4月に町議になってからは生活が変わり、私自身の時間の配分だけでなく、家族の役割分担や暮らし方にも変化がありました。時間を共にする相手も変わりました。
それに体調の変化。意識と体力とのギャップが大きくなり、身体が先に参ってしまうなんて!やはり40代。相当な意識改革を迫られています。
色々な『変』はありましたが、未来へ向かって『兆し』も感じられました。
新しい『場』を得て、行動範囲や視点が広がり、見るもの聞くもの感じるもの、全てが私の肥やしとなりました。より深く広く遠くまで考えることができ、『話す』『書く』ことによって繋がって、絡まって、大きくなっていく。そんな『兆し』が感じられました。
今年は、扉を開け、踏み込んだに過ぎません。
来年はそこを自分の足でしっかり歩き、行動していきます。
あと数時間で2008年です。どうぞ皆さん、良いお年を。
2007年11月27日
役場ロビーにペレットストーブ登場
2007年10月28日
冬の使者・2
2007年10月24日
冬の使者
今日は久しぶりに朝から青空。2度目の霜にもかかわらず日中は気温も上がり(最高気温は13.9℃)風もなく一日穏やかな秋の日和でした。ビニールハウスの片付け(積雪に備えて、ビニールを剥いで骨だけにする)もはかどり、寂しくなった圃場とは裏腹に、気持ちはホッとしています。
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のんびり気分で裏の土手に行って、傾き加減の日差しに輝く景色を堪能していると・・・フワフワと雪虫が漂いだし、あっという間に大群に!
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本当に雪が降っているみたいに、目の前の空間の全てに雪虫が点在し、そこに名残惜しそうな太陽がキラキラと輝きを与えていて、それはそれは素敵でした。
写真にとっては見ましたが、目の前の感動を伝えることができず残念。
やっぱりこの季節に月形に来ないと見られない、とっておきの空間です。
2007年10月21日
C.F.A Club do!!の函館研修会から
私の持っている資格に「NPO法人日本切花装飾協会のカットフラワーアドバイザー(C.F.A)」というものがあります。これは切り花の生産から販売、消費までを専門的、総合的に学んだ人に与えられるものです。
約1年前、その資格を持っている道内の有志により、より深く花について学ぼうと「C.F.A Club do!!(北海道クラブ)」という団体を立ち上げました。私はその立ち上げから携わり、今は企画部員として活動しています。
そして今年のテーマは「花育」。様々な活動に取り組んでいて、この土、日に函館で研修会を行いました。
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1日目は協会の花育活動「KIDS FLOWER(子供達に、花に親しんでもらおうという企画。東京の渋谷区の小学生を中心にして展開)」の実践紹介と、函館の花屋さんによるデモンストレーション(子供の花育教室のためのデザインや、クリスマスの花作品の紹介など。)です。
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2日目は某花通信販売関係の全道コンテストの見学と、道南の主要な切り花産地である「七飯町」の圃場見学です。
今回も生産者、市場、花屋、アレンジ教室の先生、消費者と様々な立場の人が集まりました。初顔合わせの人もたくさんいる中、花に関する様々な話題で盛り上がり、楽しく充実した2日間を過ごしてきました。
C.F.A Club do!!の企画部員としての活動は、いつも楽しく勉強になります。花に関係する人の集まりといっても、それぞれ利害が相反する関係(売る側は高く売りたいし、買う側は安く買いたい)です。企画会議はいつも色んな意見が飛び交い、話しは四方八方に展開し、最終的には「貴重な時間とお金を使ってでも満足できる企画」にたどり着くのです。
こうして出来上がった今回の企画も、充分に満足していただいたようで、参加者はみんな名残惜しそうにバスを降り家路につきました。
こういった経験は「まちづくり」にも応用できます。
町の中に存在する様々な利害関係を超え、本質を見極め、心の満足を得られるようなサポートができれば、自然に楽しく幸せな時間になっていきます。そのためには腹を割って話し合い、本質を見極めるだけの体力が必要になります。
何事にも通じることかもしれません。
2007年10月13日
夕べは思いのほか暖かく・・・
さて、初雪は・・・おあずけです。
結局気温が5℃までしか下がらず、天気も回復して朝を迎えました。 とは言っても旭川では初雪を観測したようで、例年より早かったそうです。
月形も時間の問題ですね。
予報に反し、今日は一日良い天気で、秋の眩しい日差しが照りつけました。ただ風はかなり冷たく、日中でも10℃まで上がるのがやっと。 雰囲気は「冬の関東」そのもので、子供の頃体感していた「男体おろし(からっかぜ)」を思い起こさせました。今思えば関東の冬って暖かく、天気がよくて何でもできる活動的な季節だったんだなあって。
さて今夜も外は3℃まで冷え込んでいます。
2007年10月12日
冬の気配
天気予報では「これから明日の朝にかけて気温がぐっと下がり、平野部でも雪のちらつくところがあるかも」と言っています。
今日は朝から西〜北の風が冷たくふきすさび、田んぼの端に植えられたタモの木がゴウゴウと寂しげな音を立てて抵抗しています。空は雲と晴れ間が交互に訪れ、冬の暗さと秋の日差しの両方を感じさせてくれました。
今週に入ってから寒気が流入していて、にわか雨や雷の毎日です。雲も雪雲の様相(上空高くに伸びたところは限りなく白く輝き、地上に近づく程に灰色。地上近くの空と雲との境がなく、雲の底がいつしか支えきれなくなって地上に落ちてくるような感じ。気温が低ければそれが雪になる。)を呈し、そろそろ初雪なんだなあと感じさせていました。
それから昨日の午後、雪虫を見ました。雪虫はアブラムシの一種で、尾にロウでできた白いフワフワの綿状のものを付けています。見た目がまるで雪のようで、見かける時期も初雪の降るちょっと前、そこで「雪虫=ゆきむし」と呼ばれています。
今夜降るのかなあ? 明日の日記をお楽しみに。
2007年10月09日
第38回 全道ママさんバレーボール大会
日付は前後しますが、10月6日(土)に札幌市真駒内屋内競技場で行われた「第38回全道ママさんバレーボール大会」に参加してきました。もちろんプレーヤー(選手)として!
この大会は、全道各地の予選を勝ち抜いた33チームによって争われるもので、大会1日目(6日土曜日)には2会場を使って予選グループ戦と決勝トーナメントの1回戦が行われ、2日目(7日日曜日)には知事杯(総合優勝)チームが決定する、道内で最も大がかりな大会です。また、一度出場するとその後2年間は出場権が与えられないことから、年々体力が落ちていく多くのママさんにとって、知事杯(全道一)を目指した憧れの大会なのです。
私達のチーム「月形ポパイズ」の戦績は・・・この場では伏せますが、頑張ってきました。
ママさん、つまり家庭を持つ女性が本気でバレーをしようとした時、様々な問題が出てきます。ここに集ったママさん達は本人の努力と周りの大きな協力によって、それを乗り越えてきました。そのことは会場の様子からも見て取れます。乳飲み子を抱いて会場入りするママさん、年配の子守役のお婆ちゃんを連れているチーム、試合の合間合間で頻繁に携帯で連絡を取っているママさん・・・。至る所でそんな光景を目にします。
それから大会運営や審判もママさん自身で行っています。この方々のご協力とご奉仕もとても有り難いです。
そして私達のチームにも縁の下で支えてくれる人達がいます。この日試合に出る私達に代わって職場を守ってくれた同僚や家族、会場までバスを運転してくれたコーチ、わざわざ応援に来てくれた友人、他にも数え切れない支えで成り立っています。
ママさんの大会の開会式では必ず、この「支えてくれる人」に対する感謝の言葉が繰り返されるのです。
ママさんバレーは遊びの延長かもしれません。でもこうして本気で頑張れるものがあることで人生に張りと潤いが与えられ、前向きの気持ちも湧き上がらせてくれます。そして沢山の人の支えがあることを肌で感じ、自分も人のため、社会や地域のために何か貢献したいという気持ちを起こさせてくれます。
今、ママさんバレーに参加する人が少なくなり、チームや組織を維持することすら大変な時代になってきていることは寂しいことです。
ママさんバレーに限らず、女性が社会と繋がっている何かを持てたら、きっと「まち」が自然に生き生きしてくるでしょう。
2007年10月05日
家族は壊れやすいもの
最後の土曜講座のあとで、スウェーデンを研究している宮本先生がこんなことをおっしゃっていました。
「北欧では『家族は壊れやすいもの』という概念があるんです。だから壊れないように様々な施策で守っていこうとしているんです。」
一方、日本は?
家族(戸籍)という枠でしっかりはめられ、介護や育児も家族で賄うべきとずっと考えられてきました。そして女性(妻、嫁)がその担い手として労働してきたのです。
『家族は壊れないもの』あるいは『家族の絆は強固だ』と信じて。
今の日本は核家族化や少子高齢化が進み、家族の中での担い手が不足しています。
それなのに頭の中は昔のまま、現実に合わせていないのかもしれません。
北欧のモデルが必ずしも日本の文化に合うとは限らないけれど、日々変化する現実を見れば参考になることは多いはず。『家族は壊れやすいもの』という視点で施策を考えれば、女性がいきいきとした社会ができると思います。私も発想を柔軟にしなくちゃね。
女性が元気になれば、「まち」も元気になります。
2007年09月30日
「農家の友」の連載完了
私事ですが、この1年間(と言っても3人で順番に書いていたので、私は4回分です)、月刊誌「農家の友」の「カントリーライフにご招待」というコーナーの連載が完了しました。この雑誌は北海道農業改良普及協会が道内農家向けに発行しているもので、ほとんどが郵送で配布されるので一般の書店にはありません。
思い起こせば去年の暮れ、お話しをいただいたときは驚きました。
私の文章が雑誌に載るなんて!
私は国語が苦手でしたし、卒論も研究報告書もデータには自身があっても、その表現に苦労したものです。ただ常に「伝えたいこと」は頭にあったので、がむしゃらに書きつづっていました。
そんな私が書くことの楽しさを感じるようになったのは、「手紙」と「ブログ」と「意見チラシ」を通してです。(意見チラシとは、数名でグループを結成し、問題となる出来事について様々な角度から検証・データ収集・議論を通して方向性を導き出し、それらをまとめてチラシを作り、新聞折り込み等で町内に配布する。今までに「未来通信」「ふきのとうだより」「地球を愛する会@月形・広報誌」などの発行に関わってきました。)
自分が意見(考え)を発表する(伝える)ことで様々な人から反応があり、もう一度検討し、問題や自分自身ををより深く理解することができたのです。それに、私自身を知ってもらうのにも多いに役立ち、多方面に友達が増えました。書くことからこんなにも関係が広がるとは以前には想像もできなかったことです。
さて、この「農家の友」ではどうでしょう。これからが楽しみです。
ちなみに私の文章が掲載されているのは、
2007年2月号(地域と仲間・・・月形ポパイズとNPOふきのとう)
5月号(花作り・・・多くの人の手で育てられる花)
8月号(自然の恩恵を受けている人間のメッセージ・・・地球を愛する会)
11月号(家族・・・山登りの楽しさ)・・・10月末に発行予定
興味を持たれた方、読んでいただけたら幸いです。
2007年09月26日
2007年度地方自治土曜講座 9月22日第5回講座
テーマ『格差を超える』
■ 第一講 「『格差社会』の現実と背景」 ジャーナリスト 平舘英明氏
・ 郵政民営化に見る格差社会
過疎地域の集配局集約で、身近な局が無集配の窓口局に
→ 配達距離が長くなることにより役場の支所的役割ができなくなる
→ 利用減 → 廃止 → 住めない
・ 交通(国鉄民営化での廃線)、教育(道立高校の統廃合)、医療(公立病院)も
同じ構造(公益性より効率、収益)で進んでいる
・ 労働市場に広がる賃金破壊
(スポット派遣、ワーキングプア、ダブルワーク、自営業者、農業者)
・ 「小さな政府」は社会保障制度の解体
(生活保護、母子家庭加算、就学援助、障がい者自立支援法)
・ 社会保障を縮小させる「小さな政府」の一方で、増殖する「大きな政府」
——市場原理主義、国防強化、警察の増大
■ 第二講 「地域格差社会を超えるための自治体の役割」
北海道大学大学院法学研究科 宮本太郎氏
・ 格差:今ここにある不公正 = 空間的不公正+歴史的不公正
・ 日本には福祉国家と違った、格差を生まない仕組み(日本型生活保障)があった。
これが崩れ、保証が薄い若者に大きな影響が出た → 格差
・ 格差解決のイメージ)地域社会に架ける「4つの橋」:北欧との比較
日本は危うい橋で一方通行。北欧はしっかりとした橋、行きつ戻りつできる。
・ 人と人との結びつきこそが問題解決の糸口
信頼関係が強くなればコストがかからなくなる(例:警察)
・ 所得保障より、みんなが働ける環境を作ることが大事では
■ 第3講 パネル討論「北海道における脱『格差社会』への戦略」
司会 :樽見弘紀氏(北海学園大学教授)
討論者:平舘英明氏、宮本太郎氏、高原一隆氏(北海学園大学教授)
・ 地域を元気にする=社会関係を強化することがより良くなるポイント
信頼関係の厚い、地方の方がポイント高いのではないか
・ 地域施策の主体は誰か?
公が作った案にNPO等を乗せるのは上手くいかない
・ NPOの認識が薄い → NPOの幻想を取り除かなければならない
特に自治体職員の意識改革(NPOは安上がりの行動隊ではない)
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今回の講義の中で「信頼関係が強くなればコストがかからなくなる」という発言がありました。田舎に住んでいる私としては、全ての生活コストが押さえられるのを実感します。治安コストは言うまでもなく、食糧コストは物々交換で、運搬コストは乗り合わせで、他にもたくさんあります。ですから、「地域格差」を感じる場面はあっても、実際は数字よりも少ないのではないかと考えられました。価値観の違いで解決できる場面もあるのではないかとも思います。
それに引き替え、同じ地域内での格差はより深刻さを増しているように感じます。同じ価値観で生活していれば価値の違いは歴然で、物質的格差+精神的格差が生じるためだと思います。
「格差」と一括りにせず、格差の原因を慎重に見極める必要性を感じました。よって格差是正の施策も場面によって異なり、オリジナリティーの必要性があると考えます。何事も中央集権的でなく、地方分権の時代になっていくのでしょう。
2007年09月25日
2007年度地方自治土曜講座 8月25日第4回講座
テーマ 『自治体財政破綻からの脱出』
■第一講 「財政危機からの脱出と地域の再生」 京都女子大学教授 橋本行史氏
・国が地方を助ける方法は、公共事業以外にもあるのではないか
・夕張市の財政破綻の原因は?
(首長、職員、監査委員、議員、住民、マスコミ、学会、金融機関、道、国)
全てのプレーヤーが地域振興を望み一体化(利害の一致)してしまった。
→ チェック機構が働いていない。ガバナンスの欠如。
皆が関わっていると守りきれない。
・市民運動だけで地域を支えることはできない
(ボランティア団体が活発化し、意識改革には良いが力不足 → 行政の役割が重要)
・今後の自治体経営とは、方向性(ビジョン)を示すこと。
小さな資源のつなぎ合わせ、小規模成功の積み重ね、暮らし都市や生活都市の発想
■第二講 「政策選択と予算配分ー政策財務の視点から」 法政大学講師 加藤良重氏
・決算カード(決算状況のわかるもの。総務省HPから見ることができる)
・横並び主義(先送り体質)を脱却しないと経営改革はできない
■第三講 パネル討論 ※ 所用のため不参加
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今回の講義の中で最も印象に残ったのは、夕張市の財政破綻の要因分析で「そこに関わるオールプレーヤーの利害が一致してしまうとチェックできない、守れない」という点です。議会の一員として行政を監視する立場である私も、ともすると陥ってしまう危険があるのだと気付きました。常に様々な視点で物事を見つめ、素直に声に出していかなければと、再認識し、気が引き締まりました。
2007年度地方自治土曜講座 6月30日第2回講座
テーマ『市民の安心、安全をどう守る ーー自治体福祉政策の課題』
■第一講「医療・福祉制度改革と市町村の役割」 新潟大学法学部教授 加藤智章氏
・年金=規模の利益、できるだけ大きい方が良い
・医療や介護=小さなレベルできめ細かく。組織体としては小さい方が良い
・日本は世界の中で比較的早い段階で健康保険の制度を取り入れた。
その後、制度改正を進めるうちに複雑になっていった。
・制度構造の急速な変化(1.総人口減少と少子高齢化、2.非正社員化)により
他の国では経験していない問題が発生 → 新しい制度等の必要性
■第二講 「北海道における医療と介護問題ー自治体の課題をめぐって」
北星学園大学社会福祉学部教授 杉本直人氏
・北海道の医療、介護などの現状報告
・小規模多機能型居宅介護のモデル紹介
■第三講 事例発表「行政と社協が連携した地域福祉ー権利擁護事業」
南富良野町保健福祉課課長補佐 東 啓二氏
・町の現状(過疎化、高齢化)から、地域福祉を担う社協への支援が不可欠
・行政が地域福祉計画を、社協が地域福祉実践計画を策定し、役割を明確化
→ 地域福祉のソフト面の充実を計る
・成果事例として権利擁護事業(南富良野町生活サポートセンター)
■第四講 パネルディスカッション「地域に根ざした医療・福祉とは」
司会) 杉本直人氏
パネリスト)加藤智章氏、東啓二氏、白戸一秀氏(北海道社会福祉協議会事務局次長)
・これからの社協の方向性は、個人のニーズを中心に社会的な援助を組織化すること
・「公私分担」から「地域協働」へ、住民視点の地域福祉で
・東京(中央)の論理と、過疎地、地方、中山間地の現状とは違いがある。
ニーズをしっかりつかめ。地域の中での協議が大切だ。
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医療・福祉・介護は地方の小さな自治体にとってはとても重要な事項ですが、制度が複雑なので何ができるのか、どこをどのようにすればニーズに合った施策ができるのか、戸惑うことが多々ありました。そんな中、今回の講義の中で南富良野町の実践例が報告されたり、後期高齢者医療制度の話題が出たり、私にとってタイムリーで(今年から国民健康保険運営協議会委員になったので)興味深い講座でした。
2007年09月24日
2007年度 地方自治土曜講座 終了
9月22日(土)で今年度の地方自治土曜講座が終了しました。
今年は5月19日に始まり全5回の開催で、通常は北海学園大の大教室で行われました(サマーセミナーのみ白老町)。
私はサマーセミナー(第3回)には参加できなかったのですが、毎回新たな視点と問題意識、まちづくりや議員活動への活力をもらって帰ってきました。また、議員となって制度や仕組みを学び、知識も増えたので、今まで以上により深く理解できるようになりました。
ただ残念なのは、一般人の新鮮な感覚(疑問)を失ってしまったことです。初参加の頃(4年前)は講義の内容が十分に理解できなかったにもかかわらず、討論の時間に手を挙げて素朴な質問をしてみたり、意見を言ってみたり。今思えばかなり突拍子もないパワフルな人間だったと思います。そんな大胆な行動をとらせたのも「地方自治」への疑問と、どうすればより良くなるのかの方法が解らなかったからです。
それが今、議員となり疑問が少しずつ解消し、自分の行動(活動)で直接的に変革することができる立場になりました。土曜講座で学んだこと、感じたことを実践に繋げなければ。今まで外向きにあふれていたパワーを今度は内に貯めて、要所要所で発揮していきたいと思います。
初参加から4年目にもなると顔見知りや友達も増え、会場で会うのが楽しみです。また、知らない方から声をかけられることもあって、道内各地に人脈が広がってきました。土曜講座は私にとってかけがえのない大事な場になっています。
最終講義の後には急遽懇親会の席が設けられ、講演の先生方やスタッフの方々と様々な話題でお話しさせていただきました。同じ時間を共有したからこそ言葉のキャッチボールが成立し、楽しく有意義な時間を過ごすことができたのだと思います。スタッフの皆さん、ありがとうございました。
なお、土曜講座各回の内容と感想等は次項にまとめてお知らせします。
2007年09月14日
一人前の議員として、ホップ ステップ
初の決算委員会と、2回目の定例会が終わりました。
反省点は多々あります。特に、議会の形式的な部分が身についていないことを痛感しました。今まで以上に議場では「議員」という立場を意識し、発言や行動をしなければ。1年生議員の今だからこそ、しっかり身につけたいと思います。
それから良い点として、私の物事に対する視点と姿勢は今まで通りで何ら問題がないこともわかりました。自分が見て感じ考えたことを素直に伝えることで、今までとは違う新たな観点を提供できるのだと、ちょっと自信がつきました。議員になって出会いも行動範囲も格段に広がりました。これらを生かして積極的に活動していきたいです。
一人前の議員としてはまだ完成されていませんが、この初々しい感覚と、若さならではの機敏さ、私ならではの感性を活かして、今しかできない「新風」としての役割を充分に発揮したいと思います。
ホップ ステップ (ジャンプ)!
2007年09月08日
台風は何事もなく
2007年09月07日
台風9号接近中
今現在、台風9号の中心は渡島半島付近にあって海岸線に沿って北上しようとしています。
東日本を縦断してきたにもかかわらず、まだ台風のままです。
夕べは秋雨前線の影響で激しい雨が降り、日中は小康状態だったものの北風が常に吹いていて、台風が徐々に近づいてくるのを感じさせました。そして夕方からは激しい雨と時折強い風が吹いています。いよいよやってくる、そんな感じです。
思い起こせば3年前、9月8日は台風18号の被害にあった日です。我が家でもビニールハウスが骨ごと崩壊したのが5棟、ビニールが裂けたのが十数棟。出荷間近の花が倒されたり、もまれたり、折れたり、下敷きになったり・・・。幸いにも人的被害はありませんでしたが、収入も生産意欲も大きなダメージを受けました。
あの時以来「台風」を念頭に置いて作付けしています。私も夫も関東出身なので、子供の頃から台風について見聞きしてきたことが今生きています。
経験と伝承は生きる力の源! 大切にしていきたいです。
さて、台風9号は明日の朝再接近するとの予報。どうか被害がでませんように。
2007年08月16日
議員としての立ち位置
議員になって約4ヶ月、その間「議員とは」「議員らしさ」「議員の仕事」など、今までの生活からでは想像できない議員生活に戸惑い、いわゆる議員像に自分を合わせようと必死になっていました。
なので、Aコープに農作業服(ヨレヨレジャージに色の褪めたポロシャツ、バンダナ姿)で夕方の買い物をしている時に、あまり面識のない方から「頑張って下さいね。」と声をかけられると、照れと引け目で充分な受け答えができていませんでした。
でも考えてみれば、町民の皆さんはこんな私のことを百も承知で投票して下さったわけです。私が今更格好つけたところで中身は変わらないのに、勝手に私は舞い上がっていたようなものでした。
こんな格好で慌ただしくAコープで買い物をしている議員を今までみたことがなかったのは、そんな生活をしている議員が今までいなかっただけのこと。つまり、こういう生活をしている私だからこそ、議員として必要とされたのだと気付きました。自信を持って自分らしく生活し、その中で感じたことを議会に活かすことこそが私の使命だったんです。
今更気付くとは遅いですが、これからは何事にも自分らしさを忘れず、自分に素直に物事に取り組んでいきたいと思います。
どうぞ皆さん、いつでもお気軽に声をかけて下さい。よろしくお願いします。
私は本を読むよりも、人と会って話しをすることで吸収するタイプです。
2007年08月10日
合意形成するための議論はどこに?
今日、私にとっては初の常任委員会がありました。委員会の内容は後日書きますが、その委員会のあり方、あるいは議会のあり方に猛烈にガッカリしています。
「議会は言論の府である」と、議員になってすぐに先輩議員に言われました。これはいったい何を意味していたのでしょうか?
私がまだ一般町民だった頃、本会議やまちづくり特別委員会、予算委員会等を傍聴する限り「言論の府」というには議論の積み重ねが薄いと感じていました。議員それぞれが自分の意見を言い合うだけで、その矛盾点や疑問を突っ込むことがなく、合意形成される前に多数決で物事を決めていたからです。
しかし、定例会では「委員会報告」があり、そこでは合意形成されたがごとくの報告がなされていました。きっと私達が傍聴できない(公開されていない)議員協議会や、私の傍聴していない常任委員会のどこかで議論がなされ合意形成されているのだと(勝手に良い方に)解釈していました。
そんな淡い期待も議員生活4ヶ月目を向かえて、もろくも崩れ去りました。
今まで行われた多くの会議で「議論の積み重ね」はほとんどできていません。特に行政と議会という局面では、「(行政による)説明と(議員からの)質問と(行政の)応答」のパターンで終了します。その事項に対する議員相互の議論はありません。
従ってどこまでいっても(いつまでも)議員個人の考えは変更される機会がなく、議会全体のまとまりも、方向性も示すことができず、次の場面への展開もありません。
古い話ですが、このいい例が「合併に関する住民投票」の時の議会の対応です。議会は多数決で「自立」を決め、それ以上の議論はなされませんでした。その結果、住民投票で合併の意向が示されたときにすぐに対応できず、空白の期間ができてしまったのです。
もしもこの時、非公開でも良いから議論が尽くされていたなら、多数の意見に関係なく様々な考えや方法、運び方などが議題に上り、検討されていたことでしょう。そして住民投票の結果がどちらにでようとも対応できたのではないでしょうか。
一般町民としてこの一部始終を見ていた私は、この時に議会改革の必要性を感じました。
そして今、自分が議員になってこの当事者となってしまったことに腹が立っています。
議論のない議会では町民の負託に応えることができません。
行政のチェック機能としての議会は、今のままでも何とかやっていけるでしょう。しかし議会に求められているのはそれだけではないはず。これからの月形の進むべき方向を見据え先手を打った対応が必要になってきています。
そのためには議会としての合意形成が重要で、その手法として議論の積み重ねが必要不可欠です。つまり議会改革がなされなければなりません。
2007年08月06日
議員と地域人・家庭人・職業人としてのジレンマ
最近、ブログが更新できていなくて反省しています。
先週初めに臨時議会があってからは、議員としての公式の行事はありませんでした。
ただ、町内会での葬儀のお手伝いや、子供の部活合宿のお手伝いなど、地域人・家庭人としての仕事がありました。また家業(農業)もお盆を前にして菊の出荷の最盛期となり、仕事に追われていました。
そんなこんなで私は議員としての時間を割けていなかったと思います。
議員になって、気持ちは四方八方にアンテナを巡らしているつもりでも、実際にはどれだけできているのか・・・。私の時間の多くを、議員としての活動につぎ込めないジレンマに不安といらだちを感じることがあります。
その一方で、ただ議員の仕事(具体的に何とは言えませんが)のみをしていることがはたして議員にとっていいことなのかとも思います。地域人として周りの人と接することで見えることも、家庭人として子供を通して感じることも、職業人として経済活動をしながら考えることも、結局は議員活