2014年07月01日

平和とは?【月形町戦没者追悼式/集団的自衛権の憲法解釈変更】

平成26年7月1日。

午前、月形町内の樺戸神社境内にある忠魂碑の前で、戦没者追悼式がしめやかに執り行われました。一方、午後、東京/永田町では集団的自衛権に関する憲法解釈変更の閣議決定がなされ、午後6時には安倍総理の記者会見がありました。

奇しくも「戦争」「平和」「政治」を深く考える1日となり、「声を上げなくては!」と強く感じる1日にもなりました。


午後6時の安倍総理記者会見を、私は農作業をしながらラジオで聴きましたが、安倍総理の口から出てくる流ちょうな言葉とは裏腹に、全く意味がつかめない、リアリティ(現実感)のない、心に響かない会見でした。

本当にこんな形で日本の理念が変わってしまっても良いの?


今回の件で私がもっとも問題と感じているのは、解釈改憲の部分。今まで守ってきた憲法の理念を変更するのに、解釈を変えるだけでOKなんて! 
それも与党合意と閣議決定で決めるなんて!
安倍総理がどうしても変更したい(やらなければならない)のなら、正規の改憲手続き(国会発議、国民投票)を取ればいいこと。それを無視して数の論理で押し通せるところで進めるのは言語道断。立憲主義に反している。

集団的自衛権の内容・歯止めにしてもそう。具体性や現実性のない事例を出して不安をあおったり、これだけだから大丈夫と言いくるめないで! 都合の悪いことも、汚い部分も全部あからさまにして「それでも必要なんだ。」と説得してほしい。
今のままでは信用できないし、到底受け入れられない。

午前中の戦没者追悼式。参列された遺族の方は10名程で、ここ数年で参列者の数がガクンと減りました。終戦から69年目であることの現れで、時が流れているのです。

80代とおぼしき遺族の女性が
「遺族も少なくなったよね。来年は戦後70年だもの、みんな歳をとったよ。70年も経ってしまったんだね〜。でも、あっという間だったよ。無我夢中だったから。」
と。言葉の一つ一つには現実が染みこんでいて、何気なくつぶやいた言葉からも戦後の大変さがにじんでいました。


戦争を体験した人がもう随分と少なくなっている現実。その今だからこそ、体験者の言霊を真摯に受け止めなければ。そして若い世代、子ども達に引き継がなければ。

私たち世代が、ダメなものはダメ、イヤなものはイヤと声を上げよう。
未来を任せられないと思ったのなら、選挙で想いを表そう。

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