2009年01月30日

2009年1月31日は『月形子どもの日(?!)』

『月形子どもの日』なんていうのはないのですが、明日(1月31日)の土曜日は子供たちが主役&主催の行事が2つ、ほぼ同時刻に行われます。
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1つは『月形小 第21回 ブラスアンサンブル定期演奏会』午前9時50分開演、月形小体育館にて。

月形小学校が取り組むブラスアンサンブルは、3〜6年生の有志による自由参加のクラブ的な取り組みです。そのため部員の数もその時代で変化し、それに合わせた編成や楽曲を工夫しながら長年受けつがれてきました。

月小ブラスアンサンブルの活動の場は広く、各種コンクールの他、たくさんの町内行事(消防演習雪の聖母園祭、町民文化祭、他)、そしてこの定期演奏会と、一年を通して活躍しています。
そのため練習も年間を通して行われ、朝(授業前)の基礎練習や放課後のパート練習・全体練習、夏休みの練習&合宿、冬休みの練習など、子供たちや指導にあたる担当の先生はもちろんのこと、サポートする他の先生方や保護者もいっしょになって頑張っていて「すごい」「素晴らしい」の一言です。

月形小学校では放課後になると校舎のあちこちから ♪プヮ〜 ♪ポー !ダダダダン と元気な音とともに子供たちの笑い声やはしゃぐ声が聞こえます。子供たちの素直で伸び伸びとした様子に、町民の誰もが活力をもらって、「子どもっていいな」「平和だな」と感じているのではないでしょうか。

今年の部員数は37名とのこと。昨年11月に入部した3年生と、これを機に引退する6年生が揃う「定期演奏会」。どんな演奏が聴けるのか・・・楽しみですね。
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さてもう一つは『第2回 月中雪祭』午前9時〜12時、月形中学校グラウンドにて。

今朝の新聞折り込みに入ってきたチラシ(→)をご覧になった方も多いのではないでしょうか。このチラシを見て、私は思わず「スゴイ!」と発してしまいました。なぜなら、月形中2年生が主催になっていたからです。

と言うのも、この学年は昨年も「総合的な学習の時間」を使い「第1回 月中雪祭」を企画し、実施していました。ただ開催当日は猛吹雪で中止となり、後日規模を縮小してのプチ開催。冬休みも学校に来ては雪像づくりをしていたというのに、さぞかし心残りだったと思います。
その子供たちがもう一度企画し、その「やりたい」を形にするために、子供たちだけでなく学校側や教育委員会が協力したということ、2年続けて同じテーマに再挑戦(リベンジ)したということ、に感動しました。

昨年は猛吹雪、今年は稀に見る少雪と暖かな日々で雪像づくりなどの準備は大変だったことでしょう。困難にめげず、頑張る姿勢はちゃんと誰かが見ていてくれます。それに自分の中にも大きな力となって蓄えられます。月形中2年生、最高だね!

明日の予報は「晴れ」、バッチリ開催できますね。
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こんな素敵な2つの行事、私は用事があって行けないのが本当に残念です。
このブログを見て興味を持たれた方、ぜひ足を運んでみてください。月形の子供たちの生き生きした姿が見られること請け合いです。

2009年01月27日

月形町交流センターの様子

左の写真は、現在建設が進められている「月形町交流センター」です。昨日撮影しました。

工事現場の近くを通ることがなかったので今まで気が付きませんでしたが、既にカバーや足場が外され、全体が見えてきました。
今年4月にはオープンする予定ですので、内装工事なども急ピッチで進められているようです。

2月3日には総務民教常任委員会で、5日には産業建設常任委員会で、それぞれ交流センターの所管部門についての調査を行います。どのような状況になっているのか、(現地視察の様子も含めて)後日皆さんにご報告しますね。

2009年01月26日

画期的な講演会&グループワーク「年をとってもこの町で住み続けるために」

今日の午後、月形町保健センターで「年をとってもこの町で住み続けるために〜自分だからできること・自分にもできること〜」と題した講演会&グループワーク(グループでの話し合い)が行われました。
参加者は40名余り。月形町保健福祉推進員の現役やOGをはじめ、この分野に興味のある一般町民、役場(保健センター)職員と岩見沢保健所職員など。60〜70代の方中心で、9割が女性でした。

この集会は3部で構成されていました。
以下に私の心に残ったことを中心に内容を紹介し、最後に感想などを記します。
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【講演】「年をとってもこの町で住み続けるために
    〜自分だからできること・自分にもできること〜」
 講師:北海道総合福祉研究センター理事長 五十嵐教行氏

◆住み続ける=年をとっても暮らせる場所 ということ。
◆「暮らす」ためには柱が必要。生き甲斐が柱になる。そのためには「自分らしさ」を求めること
◆「自分にとって良いまち」を追求することで、結果的に他の人にとっても良いまちになる
 (町には多種多様な人が住んでいるのだから、それぞれニーズに合わせたまちが出来上がる)
◆「自分らしい暮らし」を自分一人で手に入れられないときは、手を少し借りよう(声を出そう)
◆手を貸して欲しくても素直に声が出せない人もいる。
 その人のプライドを守りながらも手助けするには、ほんの少しの「おせっかい」が有効
◆子どもは、今住んでいる人の暮らし方を見ている。今の私たちの行動が5年後、50年後の月形に影響を与える。
◆地域住民のつながりが暮らしやすさへとつながるのでは。昔から同じことが言われている


【町職員と保健福祉推進員からの話】

1. 月形町住民課保健福祉係 主査 工藤由三子氏
◆月形町の保健福祉推進員は地域と行政のパイプ役として活躍してくれたが、制度は今年度限り。今後新たなに展開していく予定。
◆現在月形町の全世帯数は1,767。うち65歳以上の独居世帯は230、夫婦世帯は221。
(4軒に1件は高齢者世帯)
◆平成20年度の出生児数は16人。 

2. 保健福祉推進員 廣野いづみ氏
◆保健福祉推進員の主な仕事は、住民検診や乳幼児検診のお手伝いと、独居老人宅の訪問など
◆4年間の活動を通して感じたこと
・子どもの数が本当に少なくなった。
・推進員の訪問を楽しみにしてくれている方が多い。(楽しい時間に)30分の予定が1時間半なることも。「日常のことをちょっと頼めるご近所さん」のような役割だと思う。
◆月形町が一つの大きな家族として、みんなが関わり合えたらいいと思う。


【グループワーク】
8人程度のグループ(5つ)に分かれ「月形のいいところ」「自分たちにもできること」などについて自由に話し合いを行った(約40分間)。最後に話し合った内容を前方に張り出し、グループ毎に発表(情報の共有)。進行と書記、発表は各グループに配置された保健師さん達。

〈まとめ〉
◆月形のいいところ とは?
・自然(四季折々の風景や気候の変化)
・人情味がある。ふれあいが多い。当たり前のように交流がある。
 (= 他人をほっとけない人が多い
  → ちょっとした垣根が越えられれば、次につながる可能性がある)

◆自分たちにもできること
・人とのつながりをつくる(声かけ、町内会活動、隣近所の付き合い、仲間づくり)
・交流の場づくり(自ら参加、仲間を連れ出す、場所の確保、役割を与える)
・健康の維持
・リーダーづくり(声かけや交流の先頭に立つ人がほしい)

〈私のグループでの話し合いの中から〉
・月形は人情が厚く、つながりもあって良い。ただ若い頃(関係が薄い時期)は辛かった。
・女性は自然に自分らしく暮らしていけるけれど、男性は自分から声を出せない。
 男性には役(○○長や顧問などの肩書き)を与えることで、人とのつながりを持ってもらう。
・女性の方が長生きで残される(独居になりやすい)。女性同士が助け合わなければと思う。
・手助けする方、手助けされる方ともお互いの間合い、折り合いが大事。
 頼りすぎても頼られすぎても関係が長続きしない。
・[自分らしい暮らしの事例]札比内地区の七十の会、月ヶ岡駅の直売所(野菜の販売)
・保険推進員制度がなくなるのはどうなのか。隣近所と言っても遠く離れていてサポートするのが難しい地区もある。また隣近所とは違った「人のつながり」をもたらしていた。
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私はこの講演会の案内を見て、普通の講演会をイメージして参加しましたが、実際には「グループワーク」がメインの住民参加型の創造的で画期的な会合だったので驚き、嬉しくなりました。

今まで月形町ではグループワーク形式の会合はほとんどなく、講演会と言えば一方的に話を聞くだけでした。今回は少人数のグループで話しやすい雰囲気の中、どの参加者も自らの体験や考えを自由に話すことができ、それなりの理解や満足感を得られたのではないでしょうか。帰り支度の表情がにこやかで明るかったことからも、そう感じられました。
また主催者側(+私)にとっても、町民の細かなニーズや実態を知ることができ、有意義だったと思います。

しかし、企画側(主催者側)としては物足りなさも残ったのではないでしょうか。
この集会の裏の目的として、
・この町で住み続けるために何が不足しているのか
・保険推進員制度に変わる新たな制度設計へのヒントとそれを支えるボランティアの確保
があったのではないかと(私は勝手に)思っています。

今回の集会に参加されたのが60〜70代の方が中心で、それぞれのお話からも既に「自分らしい」暮らしを手に入れている人が多く、きっとこのままの生活で住み続けられるという確信を持っています。ですから新たなヒントと言っても出にくく、またこれ以上のボランティアも難しいのかもしれません。

もしもヒントを求めるのであれば、今まさに不安や不満を抱えている「つながりのない方・薄い方」や、これらの制度を支える「若手や現役世代」の話を聞く必要があると思います。そう考えると、開催日時の設定や周知の方法等でもう一工夫必要なのでしょう。

私は今日初めて保険推進員制度が今年度限りで終了することを知りました。推進員の廣野さんの話やグループワークから、「独居老人訪問」は非常に求められていおり、今後益々需要の増える事業であると感じました。しかし集会後に確認したところ、
・推進員のなり手がいない
・独居宅訪問も予定数を実施できていない(人員確保が難しい)
等の問題があるとのことです。今回の集会では、推進員の仕事の紹介だけでなく(行政側から)問題点や悩みもあわせて伝えることで、推進員の実態を浮き彫りにできたと思います。そうすることで、この制度に対する理解と今後のヒントが出てきたのではないかと・・・。

それにしても、この企画に対し保健所のサポートは素晴らしいと思いました。キチンとリードする方のお陰で充実した講演会&グループワークになったと思います。実践を通して学ぶことができる「役場職員」がうらやましく思いました。

それからもう一つ。この手の集会に参加する男性議員がいないことも気になりました。福祉分野は今もこれからも行政にとって大きな位置を占める問題です。これからの施策にも登場します。にもかかわらず「女性の分野=聖域」と思って、情報収集が疎かになっているとしたら(実際になっていると思うが)問題です。もっと関わって欲しいと切に思います。

2009年01月20日

役場のサケ・観察日記3

 
今日のサケはこんな感じ(↑)
暖冬とはいえやっぱり寒い風除室。一日中シーツを被せられ、それなりに保温されていました。前回(観察日記2)から2週間しか経っていないので、仔魚であることは変わりませんが、少し体長が伸び、身体の部分が魚らしく黒くなってきたかなと思います。(ちょっと写真の腕が悪くてわかりにくいですね。反省。)
水槽の中には身を隠すための石も入れられ、住環境が整えられてきていました。生きものを管理する担当者は大変ですよね。このまま順調に育つのを願ってます。

ちなみに、右(→)の写真は平成20年1月22日、ほぼ1年前に撮影したもの。昨年は温度管理が上手くいかず、自然の生育条件より高温になってしまい(積算温度が高くなった)この時期に既に稚魚に近い状態まで育っていました。

その経験を生かした今年の飼育、どんな風になるか。
これからも観察を続けます!

2009年01月19日

故山田由利美さんを偲んで

先週、岩見沢市議の酒井さん、美唄市議の吉岡さんと一緒に、岩見沢市議だった故山田由利美さんのご自宅に伺いお参りをさせていただきました。

故山田由利美さんは現役の岩見沢市議会議員(共産党)で、亡くなられたのは昨年12月定例会の会期中、12月9日朝のことでした。その日は朝早く幌向駅で共産党の宣伝活動(街頭演説とビラ配り)を行い、多くの方がその元気な姿を見かけたとのことです。10時からの委員会に出るための支度をしながら、定例会での一般質問に向けて準備をしている最中に心不全で亡くなられたとのことでした。

あまりに突然のことだったために私自身気持ちの整理がつかず、このことに触れられないまま1ヶ月が過ぎました。今回3人でお参りさせていただき、ご家族の方ともお話しできて、やっと気持ちの整理が出来ました。

今日はここで、故山田由利美さんを偲びたいと思います。
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私が故山田由利美さんと知り合ったのは、ほんの1年前です。

第56回北海道女性議員協議会(平成20年10月開催)を岩見沢市で開催することとなり、実行委員として近隣の女性議員に声がかかりました。初会合は平成20年2月18日、由利美さんと初めて顔を合わせた日です。初対面の印象は、元気で明るくて(先輩に対して失礼ですが)ちょっと抜けている「親しみやすいお姉さん」。笑顔がステキでお話しが上手、一瞬で人を引きつける力がある人だとも思いました。

この実行委員の仕事を通し、私は由利美さんからたくさんのことを学びました。特に印象に残っているのは、大会前日に二人で準備作業をした日のことです。
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明日が本番なのに準備が整わず焦る私に「大丈夫、もう少しだから。頑張ろうね。」「私がとろいからみんなに迷惑かけちゃって、ゴメンね。」と、何気なく声をかけてくれる由利美さん。ちょっとした気遣いと行動で周りの人を和ませ、自然に力を発揮させる雰囲気は流石でした。

それから程なくして高齢の男性が「忙しそうだね」と部屋に入って来られました。
由利美さん「どうしたの?」
高齢の男性「ちょっと聞いて欲しいんだけど・・・」
私の作業を気にししつつも男性の話に真摯に受け答えする由利美さん。
準備はあるけれど、それ以上に、今は訪ねてきてくれた人の気持ちを汲んで応対することの方が大事という[今すべきこと、今しなければならないことを優先する姿勢]や、男性の話の全てを肯定するわけでもなく、かといって否定し拒絶するわけでもなく[人の話を聞く姿勢と自分の立ち位置を明確にする方法]を教えていただきました。

お客さんが帰られたあと、作業を続けながら今度は二人で議論。国政に始まって、農業関係、食糧問題、後期高齢者医療制度、家庭の食や家族のこと・・・。私(無所属)と由利美さん(共産党)とではもともとの政治理念が違っているので、必ずしも二人が納得できる話にはいたらなかったけれども、「思想信条の自由は憲法で保障されているのだから、自由に考えていいのよ。」と言ってくれたお陰で、とても楽しい議論をすることができました。
マイノリティ(少数派)であるために認められない人、届かない人の「代弁者」になるためには、自信と勇気と力強さが必要なんですね。
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故山田由利美さんと過ごした時間は本当に短かったのですが、心が触れ合い、そこからたくさんの宝物をいただきました。議員2年目というこの時期に出合うべくして出合ったのだと思います。
「由利美さん、ありがとう。」

葬儀で故山田由利美さんに関係する方々が、由利美さんとの思い出を弔辞のような形で話してくれました。それを聞いていると、一度も目にしたことのない光景なのに、その時の由利美さんの様子が浮かんできます。私の知っている由利美さんは他の方が知っている由利美さんと同じでした。
誰とでも裏表・分け隔てなく接していた由利美さんだからこそ、その縁で葬儀の場に集まった見ず知らずの者同士にも共感が生まれ、理解が広がり、大きな力が波のように全体を包んだのだと思います。

由利美さんとの出会いで得たものを生かすことが、何よりの供養になりますね。
こうして振り返って、また一つ元気をもらいました。どうもありがとう。

由利美さん、どうぞ見守ってください。もしも私が迷ったり元気のない時は遠慮せずに現れて、ニッコリ笑顔で「さあやるか!」とハッパをかけてくださいね。

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