2008年04月28日

年度末・年度始めで、総会・役員会続き

世間同様、3・4月は年度末・年度初めで、各種団体の総会や役員会が開かれています。
私も色々な団体に所属しているので、そこに出席する機会が数多くありました。

・田園空間博物館「樺戸地区」「月形支部」総会
・月形町体育協会総会
・市南行政区総会・役員会
・市南1・2町内会役員会
・三輪子供会総会
・月形中学校PTA総会
・月形小学校PTA総会
・地球を愛する会@月形役員会
・ママさんバレー美唄連盟総会
・ママさんバレー月形ポパイズ総会

各団体によって総会の雰囲気は違いますが、いずれも【会員数の減少】【行事参加者の減少・固定化】が問題になっています。これは『過疎化の進む地方自治体』の問題と共通しているのは言うまでもなく、これらが解決できれば町も活性化するのでしょう。果たして解決できるのか・・・。

総会や役員会の参加者、ひいては住民が「自分達のこと」として捉え、問題意識と危機感を持って取り組むことからしか始まらないと思います。
自分の想いを伝えたり、意見を言ったりすることは少し恥ずかしいし、わずらわしいこともあるかも知れません。でも言葉を発しなければ、行動を起こさなければ、問題は解決しないのです。新しい波を自らの行動で作っていきませんか。

私はこれからも「想いを伝える側」でいたいと思います。

2008年04月26日

子供会の廃品回収

今日は、地域の「三輪(みつわ)子供会」による廃品回収が行われました。

三輪子供会は市南行政区内の市南1、2、4地区の小中学生(今年度は小学生8名、中学生4名で育成会員(保護者)は9家庭)によって構成されていて、私の子供も在籍しています。
この地区全体で130世帯ほどもあるのに小中学生が12名しかいないのは、少子化と高齢化、独居化の影響です。こんな小さな単位でも日本の縮図になっていることに驚くと共に、今の世の中しかたのないことと諦めている部分もあります。

さて、実際の廃品回収は・・・

紙類 :(1)新聞とチラシ、(2)雑誌(背が糊付けされたもの)、(3)ダンボール
ビン類:(1)一升瓶・茶、(2)一升瓶・緑、(3)ビール瓶、(4)ジュース瓶、(5)一部の焼酎瓶
缶類 :(1)アルミ缶、(2)スチール缶

以上がお金になる廃品とその分類ですが、各家庭から回収してきた品物の中には

・ペットボトル(ラベルとキャップの外していないもの含む)
・死に瓶(再使用されない瓶:ドリンク類、薬、ワイン・・・)
・プラスチック類
・中身の入ったままの瓶や缶
・鍋  等が含まれていました。

これらは町の委託業者が毎週回収している「資源ゴミ」に含まれていますが、実際には町がお金を払って資源化している分別ゴミです。子供会の廃品回収ではお金にはなりません。それでも廃品回収に協力していただいた物と混じっていたものなので、みんなで分別し直して衛生センターに持っていってもらいました。

今回初めて参加した、あるお父さんが
「後から分別するとなるとこんなに大変なんだね。今度からチャンとしなくちゃなあ。」

それから10年以上も毎回参加しているお母さん達からは
「分別の仕方がその時々で変わるんだよね。それにどんどん複雑になっていくし。」
「歳とってから『覚えろ』って言われても覚えられないよね。どう分けていいんだか迷うこともよくあるよ。」
「これから先『もっと細かく、正確に分けろ』って言われるんだろうか。小さい字なんて読めないし、頭だって弱くなるし、どうすればいいんだかね。」

子供達をよそに、大人はゴミ談義をしながら作業は順調に進みました。こうしてみんなで相談しながら作業をしていくうちに分別が身につき、分別の問題点も、工夫のしどころも見えてきます。子供会の廃品回収はとてもよい勉強の場になっていました。

今回は地域の方のご協力により、通常より多く回収することができました。いくらになったか楽しみです。(通常は1万円程度。子供会の活動経費になります。)
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さて、家庭では誰が分別しているのでしょう?  
色々なところで様子を聞いていると、やはり女性が中心になっている家庭が多いようです。
 
これからのゴミ行政、現場を知っている『女性』の力を生かしていくことが重要だと思いました。

2008年04月24日

平成20年度第1回月形町土地開発公社理事会

本日午後、上記理事会が開かれました。
3月末に議決された「平成20年度の事業計画と予算」に変更が生じたためです(当初計画には入っていなかった土地の売買が発生したため)。質問等ありましたが、議案通り可決され終了しました。

2008年04月21日

朋あり遠方より来る、また楽しからずや

今日は大学時代の朋(=友。正確には2つ上の、夫とも共通の先輩)が遙々東京から来てくれました。仕事がらみとはいえ、実に12年ぶりの再会に心が弾んだのは言うまでもありません。

懐かしい話に花が咲き、近況など聞いて名刺交換。先輩は某化学会社の開発部長になっていて、他の友人もそれぞれの会社で要職についているとのこと、「へ〜、何だかスゴイですね。」

20年前に同じ研究室で学んだ先輩が、今は会社を引っ張る中堅どころとして活躍している現実。確かに頭には白いものも目立つし、言葉遣いや部下の話など、年月が経っていたことを感じずにはいられなかったです。でも、目の奥の輝きはあの頃のまま、時間を超えた心のふれあいがありました。

そこでふと、思った。
私はあの時会社を辞めていなかったら、今頃どうなっていたんだろう。

会社が合併・吸収になった時、行き先を失って路頭に迷ったか・・・
夫の転勤についていって、結局職を失っていたか・・・
夫が単身赴任となり、自分一人で子育てと仕事を両立させていく・・のは難しい。
一生仕事を続けたいと思っていても、会社員のまま研究員のまま、女性として母として最後まで人生を全うするのはかなり困難だったように思います。

結局のところ 『この道より、われを生かす道なし。この道を歩く』

自分の下した選択に誇りと自信を持ち、精一杯頑張ろうと思った今日でした。

2008年04月18日

これも私の仕事

私は町議会議員でありますが、農業者でもあります。

今年の春は記録的な暖かさと晴天で、例年になく農作業がはかどっています。が、やっぱり春は播種や定植で大忙し。寒さの厳しい北海道の農業では、春は1年を左右する大事な時期なのです。

というわけで、私も連日農作業に追われています。もちろん議会の仕事が最優先、地域の仕事も優先ではあるけれど、その合間をぬって農作業。写真は『菊苗の直差し』をしているところです。
 

この菊はお盆の出荷に向けて栽培しているもので、この後、直差しした苗を発根させ、電照で花芽をコントロールし、芽かき作業(多数付く蕾を、中心の1つを除いてかき取る作業)を経て『輪菊』と呼ばれる仏壇やお墓等に飾る花に仕立てていきます。

切り花の栽培は色々な要素があり、また植物との対話で作業のタイミングを計るなど、様々な分野で応用できることが沢山含まれていると思います。

2008年04月16日

田園空間博物館「樺戸地区」運営協議会

本日、上記団体の月形支部総会と協議会の総会が相次いで行われました。
私は今期から委員となり、各総会で副月形支部長と協議会幹事の役目をいただき、これから2年間活動することになりました。みなさん、どうぞよろしくお願いいたします。

さて、この【田園空間博物館】とは農水省所管で全国に56地区あり、都市と農村の交流、地域の文化的・歴史的遺産の発掘と活用などを目的に進められています。
月形町では平成13年から隣の浦臼町と共に【樺戸地区】を形成しています。なかでも月形エリアでは旧樺戸集治監本庁舎を中心に様々な歴史的建造物等が指定され、活発な活動がなされています。

この運営協議会は平成18年4月から本格稼働し、町報への記事掲載や夏祭りでのパンフレット配布など、啓発活動を中心に行ってきました。今回2期目となり、散策ルートマップやホームページの作製などの事業の他、他の文化活動と連携してより多くのみなさんに利活用してもらえるよう活動したいと考えています。
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私は以前から「田園空間博物館」に興味があり、月形町内のサテライト(歴史的建造物や施設)はほとんど見ていました。どれも歴史の積み重ねによって得られた財産で趣があり、一朝一夕にはできない重みがあり魅力的です。その素晴らしい財産を利活用する協議会に参加できたことはとても光栄ですし、企画部会に籍を置き関われることが非常に楽しみです。

今後このブログでも情報発信していきたいと思います。

2008年04月14日

第56回北海道女性議員協議会の第2回実行委員会

本日午後、岩見沢市役所会議室において前回に引き続き第2回実行委員会が開かれました。

参加者(順不同)は平出会長(道議)、(岩見沢市議)山田さん・酒井さん、(美唄市議)吉岡さん、(三笠市議)岩崎さん、(江別市議)鈴木さん・高橋さん、(砂川市議)中江さん、(滝川市議)大谷さん、(栗山町議)重山さん、(長沼町議)吉本さん、(南幌町議)熊木さん、(月形町議)宮下の13名で、前回より広範囲から多くの参加となり本番へ一歩近づいた感があります。

今日は、協議会当日の日程や役割分担を決め、大まかな形が見えてきました。
◆1日目は総会のみを行い議案審議に充分に時間をとること
◆2日目にはDIG(災害図上訓練)の手法に関する講演会や演習を行うこと
◆交流会では実行委員の出身自治体のPRを行うこと

私が最も楽しみにしているのは、1日目の「議案審議」です。超党派の議員達が議案に対し意見をぶつけ、納得できる(あるいは妥協できる)点を導き出し「全会一致」で承認できる意見書等(後に関係機関に提出)を作製します。このやり取りや議長団の裁き方などを間近で見ることができるだけでなく、裏方として別の側面からこの場面に参加できるのは実行委員ならではのもの、考えただけでもワクワクしてきます。また、この興味深い内容に充分な時間が与えられているということにとても嬉しく思います。

またDIG(災害図上訓練)に関しても、参加者が自分の地域に持ち帰り応用できるような企画で準備を進めています。単純な情報だけでなく、身近で実践的であり女性の視点を生かすような内容で、こちらも興味深いです。

今日で2回目の実行委員会でしたが、顔なじみも増えて打ち解けた雰囲気になってきました。新しい出会いとチャレンジの機会に、多いに楽しみながら学びたいと思います。

2008年04月11日

ついに4,000人を切りました

今日、何気なく月形町のHPを見ていたら、
平成20年3月31日現在の月形町の人口に目が留まりました。

男 1,974人  女 2,016人  合計 3,990人

とうとう4,000人を切ってしまいました。

つい先日配布された「町報4月号」には2月29日現在のデータが載っていて、そちらには
男 1,993人  女 2,033人  合計 4,026人
とあったので、この年度末の移動で「もしかしたら・・・」とは思っていたのですが、
これ程までとは!! 予想していたこととはいえ、ショックでした。

とはいえ、未来に向かって明るい話題も多い、今の月形町。
この現実しっかり踏まえ、郷土に誇りの持てるような取り組みをしていきたいと思います。

2008年04月10日

さけ稚魚放流会

「わたしたちの川に 大きくなって 戻ってきてね」
サケの稚魚は、月形小3年生、札比内小2〜6年生、花の里保育園年長組の約50人による「願いの言葉」をかけられ、約4ヶ月間育てられた「ふるさと」を後に、長くて大きな旅に出発しました。

このサケの稚魚は、昨年10月12日に恵庭市の道立ふ化場で採卵され、12月3日に発眼卵の状態で月形町にやってきました(約1,000個)。月形小、札比内小、花の里保育園、月形町役場でそれぞれ大切に育てられ、仔魚から稚魚へ、体長も約5cmとなって今日の日を迎えました。

飼育途中、あまりの低温に水槽全体が凍ったり、水が合わなくて弱ったりしたこともあったそうですが、最適積算温度を保つために水槽の場所を変えたり、月形の名湧水「北郷の名水」をわざわざ汲んで使用したり、ひとかたならぬご苦労があったようです。
飼育の担当者や、育ち具合を毎日観察していた子供達にとって、今日の日を迎えられたことは感慨もひとしおだったことでしょう。私も役場玄関を入る度に「サケ」が気になっていたので、我が子の旅立ちのようで嬉しいです。【観察日記1
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さて実際の放流は、ちらいおつ遊び塾裏手の須部都川で行われました。主催者である月形町と「花の里つきがた水と緑を愛する会」のみなさん手作りの「放流台」は、雪解け水で増水した川に安全にゆっくりと放流できるように工夫されたもので、竹製の樋(とい)がくくりつけられていました。

放流は保育園生から始まり、小学生、そして大人へ。総勢120余名。

稚魚が数匹入ったコップを手渡されると、中のサケが勢いよく暴れ出し
「ぼくは生きてるんだ。さあ、旅に出かけるぞ!」
と、サケの意気込みが手の中から私の全身に伝わってきました。それを樋(とい)の淵から水といっしょにゆっくりと流すと、サケが遡上するように水の流れに抵抗してしばし姿を留めています。しかしそのうち川面に落ち、水面付近でスルスルッと身体をくねらせて
「じゃあ!」
と言って力強く川の流れに消えていきました。

放流の後は、(財)石狩川振興財団 沖さんによる「川のお話」。
・今日放流したサケが、これからどういう経路をたどるのか
(須部都川 → 石狩川 → 石狩湾 → アリューシャン列島(2〜3年)→ 同じ道を戻る) 
・紙芝居「川の水はどうして無くならないのか」「どこから来るのか」

そしてその後の交流会では、月形産ジャガイモ「北あかり」と月形産米のカレーライスを囲んで今日までのご苦労をねぎらうとともに、この先サケが戻って来られるように「須部都川の魚道の整備※」の話をして解散になりました。
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「サケの放流事業」は今年初の試みでしたが、私は「サケ」という生きものを介して、実に多くの関連性を学びました。
・月形には良い水があり、それを守っている人がいる。
・水を守るために森があり、森に関係したたくさんの仕事がある。
・サケが戻ってくるためには、帰れるような川にしなくてはならない(魚道の整備)
・生物多様性と遺伝資源の保護
・サケの稚魚の飼育により、子供達が「サケ」「郷土」に関心と愛着を持つ。
・この事業を進めるにあたり、関係する公的機関は多方面におよび、様々な繋がりと協力が必要なこと。

折しも放流をした場所は「知来乙」。アイヌの言葉で「イトウの住むところ」。
昔イトウが悠々と泳いでいたところに、今度はサケが泳ぐ姿を想像しています。

※須部都川の魚道・・・現在、石狩川から須部都川の放流地点までの間に3つの堰(約1m)があります。サケは下ることはできても上ることはできません。大きくなって戻ってくるまでの間に、魚道を整備していただきたいと切に願っています。
(現在建設中の石狩川頭首工には3種の魚道が整備されています。)

2008年04月08日

野鳥の楽園

月形町には春と秋にたくさんの「マガン」や「コハクチョウ」が飛来します。

これは越冬地(本州方面)と営巣地(ロシア方面)を渡る間に羽根を休める、国内最大の寄留地「宮島沼」(=ラムサール条約に登録)が目と鼻の先にあるからです。宮島沼で夜を過ごし、昼間は近隣の田んぼや畑で落ち穂や新芽をついばみます。マガンもコハクチョウも水鳥なので、雪が融けて地面が出てきた頃、ちょうど水溜まりになっているところを目指して、日々場所を変えながら食事をします。

我が家の圃場の周辺にも、例年より2週間以上早くマガンとコハクチョウがやってきました。

昨日は養鶏場のように「こゎっ、こゎっ」「くっくっく〜」などの声と、「バタバタ」「ザワザワ」という羽音、「ピチャピチャピチャ」とえさを食べる音、「ヒュンヒュン」と風を切って頭上を飛ぶ音・・・生きものの息づかいと命の活気に満ちあふれた音でいっぱいでした。

その上「ヒバリ」が「ピピピッピピピー」と頭上高くでさえずり、川縁には「アオサギ」の姿も。もちろんスズメやカラスやトンビだっていますし、名前がわからないような鳥もたくさん!

この時期の月形はきっと野鳥密度がとても高く、まさしく「野鳥の楽園」です。

ああ、でも、マガンとコハクチョウの大集団は、今日は既にちょっと先の田んぼに移動してしまいました。今年は気温が高いせいか田んぼの水溜まりもあっという間に乾いてしまい、マガン達の食事場移動も速いような気がします。
この先もう少し温かくなったら「オオジシギ」や「チゴハヤブサ」などもやってきます。待ち遠しいです。

2008年04月07日

平成20年度月形中学校入学式

今日は町内のあちこちで、ピカピカの一年生と晴れやかな保護者の方を見かけました。入学式が各所で開かれ、町全体が動き出したような印象です。
私も午後の月形中学校に来賓として参加させていただきました。

今年の新入学生は24名。制服がぎこちなく、緊張感からか顔がこわばっているようにも見えました。
そんな姿を見て、自分自身の中学入学式を思い出そうとしたのですが、あまりに昔で・・・。それでも、新しい中学校生活、新しい友達、初めての制服、初めての上下関係、緊張するのはムリがないことは容易に想像できました。

それから会場の体育館は卒業式の時とほとんど同じ装飾でしたが、その時とはうってかわって穏やかで清々しい雰囲気でした。きっとカーテンを全て開け、春の柔らかい太陽光がいっぱいに降り注いでいたからだと思います。入学式にふさわしい、晴れやかで希望と力を感じさせる演出に感心しました。

これから中学校生活の始まる皆さんが充実した学校生活を送れますように。
心も体も大きく変化するこの3年間、その中で「自分のよりどころとなるもの」を見つけてくださいね。きっと一生の宝物になるはずです。

2008年04月06日

第84回全日本下の句歌留多大会

 
4月5日の夜から6日昼にかけて、月形町内「はな工房」において上記の大会が開催されました。主催は「岩見沢梅が枝歌留多倶楽部」で、我が町の「月形月光倶楽部」もお手伝いです。
この大会には全道各地から選手・応援者を含め300人もが集まり、館内の広間4カ所で24シートもの試合場がしつらえられ、夜通し熱戦が繰り広げられました。

試合もさることながら、開会式には驚かされました。壇上に入賞者用の金、銀、銅のメダルとトロフィーが掲げられ、立派な優勝旗もありました。会場の壁には協賛企業、協賛者の名前がずらっと掲げられ、そして来賓には地元選出の衆議院議員や道議会議員、下の句歌留多協会関係者、もちろん月形の櫻庭町長や町議会議員も並び、とても大きな大会なのだと驚かされました。

私は本州出身なので、北海道の伝統的な「下の句歌留多」は今まで見る機会がありませんでした。今回この大会で、下の句歌留多特有の札読みや畳みたたき(?)、気合いのかけ声を間近で見聞きし、熱気でムンムンした同じ空気も吸って、「北海道人」の気持ちを少しだけ味わうことができました。

2008年04月05日

講演会「食と農の循環〜生ゴミの堆肥化・三笠市の実施例」

本日、札幌環境プラザで行われた講演会『食と農の循環〜生ゴミの堆肥化による地域循環システムについて(三笠での実施例)』に参加してきました。講師は三笠市の堆肥化システムを構築した、株式会社K&K代表取締役の石川文雄氏です。
これは「環境・自然を考える会」が主催したもので、シリーズで行っている勉強会とのこと。今回は「農を考える」特集の2回目で参加者は約30人、年配の方が多かったのが印象的でした。
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【講演を聴いての私の感想】
三笠市の生ゴミ堆肥化のシステムは、家庭から処理場まで「腐敗臭」なしの処理ができることに興味をひかれました。また家庭での処理方法が特別の機械を使うのではなく、「抗酸化バケツ」を使用するだけ、週1回の回収でも充分機能するということにも魅力を感じました。
生ゴミを堆肥化するには全てのシステムを導入する必要があり、それなりの資金が必要ですが、生ゴミを一般ゴミと分けて「資源」として回収する方法としては、今すぐにでも導入できそうです。
生ゴミ処理後の堆肥の成分については若干疑問の残るところもありました。今後、機会があったら調べてみようと思います。また現地視察をしてみたいと思います。


以下に講演の内容を列記します。
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【生ゴミの現状】
◆全国から出る生ゴミ(食品残渣)は2,000万t/年、うち一般家庭から60%、事業者から40%。
◆事業者分(40%)には法律の適用があり、減量化やリサイクルすることが義務づけられた。
 (全国では1/2=800万t分がリサイクルできている)
◆一方、家庭分は行政が処理している。現状では法律や削減目標もない。
 (リサイクルできているのは、ほんの1〜2%)
◆生ゴミは現状では焼却されるか埋め立てられている。この方法ではコストや環境汚染が問題。上手く処理できればコスト削減(直接的なコストだけでなく、汚水処理場の規模縮小や埋め立て処分場の延命なども)できる。生ゴミは資源である。
◆現状での生ゴミの処理費(焼却の場合)は4〜5万円/t

【生ゴミの堆肥化について】
◆行政が生ゴミの堆肥化に取り組んだ先進例として、岐阜市、豊橋市があげられる。しかし、いずれも実験段階で終了した(良い堆肥を作るにはコストが高くつき、採算が合わない)。
◆「生ゴミからの堆肥は使う農家がない」と言われるが、それはコストを下げるために粗雑な作りをした悪質な堆肥が出回ったため。製造方法によってはコストを抑えながら有用な堆肥ができる。
◆生ゴミの堆肥化の最大の問題点は『臭い(腐敗臭)』

【K&K方式による生ゴミ(食品残渣)堆肥システム】
◆有用微生物(乳酸菌、光合成細菌、酵母菌、糸状菌、放線菌の混合物)の活用により、家庭から運搬・処理場まで全ての工程で腐敗臭のしない生ゴミ処理を実現した。
◆異物(金属、ガラス、ビニール類、紙布類、油など)以外の食品残渣全てを堆肥化できる(骨、貝殻、魚の内臓、天かす等もOK)
◆処理コストは現状の焼却処理と同等以下(5t/日=1,500t/年の規模で、4万円/t前後)
◆完成した堆肥は有機農産物の認定を受けている

【三笠市の例】
◆SPC方式(施設の建設や、そのための資金繰りを行う特定目的会社を民間会社が設立し、建設した施設を市が借り受け、賃料を支払う仕組み)による業務委託
 ・民間技術を活用できコストダウン可能(委託事業者が責任を持つ)
 ・国の助成有り(設備費の1/2をバイオマスニッポンの事業から補助された)
 ・残りの1/2は委託事業者が負担(=行政の初期投資負担がない)
◆3年前から業務委託、H19年4月から本格稼働
◆生ゴミ堆肥化のフロー
 《各家庭》・異物を取り除いた生ゴミを水切りし「抗酸化バケツ」に貯める。
   ↓   (抗酸化バケツは30℃でも2週間腐敗臭を発しない)
 《回 収》・抗酸化バケツごと数軒単位で路上にまとめて置く
   ↓   ・週1回の回収 
 《処理場》・生ゴミを裁断。有用菌散布。ボイル釜で乾燥(1/5になる)。異物除去。
      ・乾燥した生ゴミ(80%)に、貝化石、籾殻、有用菌培養液他(計20%)を混合
   ↓   ・2ヶ月放置(発酵熱により60〜70℃まで上昇)
      ・場所の移動(切り返し状態)後、1ヶ月放置
 《堆肥の完成》・袋詰めして販売
      ・三笠市内の生ゴミは全て堆肥化され、三笠市内で消費される
◆本稼働後1年の処理実績
 ・生ゴミ処理量 約1,000t → 堆肥 300t
◆従業員は6名。回収作業から堆肥作りまで全てを行う。全て三笠市内の住民
 (当初は専門技術者の指導を受けるが、その後は地元雇用者で十分対応できる)