台風は何事もなく

心配していた台風9号は、8日朝7〜8時頃には月形のすぐ西側を通ったもようです。
台風の目に入ったからか、弱まったからか、風はほとんど吹かず雨も降りませんでした。

今日は「たいしたことなくてよかったね。」の挨拶で始まる一日でした。

あ〜本当によかった!

2007年09月07日

台風9号接近中

今現在、台風9号の中心は渡島半島付近にあって海岸線に沿って北上しようとしています。
東日本を縦断してきたにもかかわらず、まだ台風のままです。

夕べは秋雨前線の影響で激しい雨が降り、日中は小康状態だったものの北風が常に吹いていて、台風が徐々に近づいてくるのを感じさせました。そして夕方からは激しい雨と時折強い風が吹いています。いよいよやってくる、そんな感じです。

思い起こせば3年前、9月8日は台風18号の被害にあった日です。我が家でもビニールハウスが骨ごと崩壊したのが5棟、ビニールが裂けたのが十数棟。出荷間近の花が倒されたり、もまれたり、折れたり、下敷きになったり・・・。幸いにも人的被害はありませんでしたが、収入も生産意欲も大きなダメージを受けました。

あの時以来「台風」を念頭に置いて作付けしています。私も夫も関東出身なので、子供の頃から台風について見聞きしてきたことが今生きています。
経験と伝承は生きる力の源! 大切にしていきたいです。

さて、台風9号は明日の朝再接近するとの予報。どうか被害がでませんように。

2007年09月04日

平成19年度 樺戸監獄物故者追悼式

明治14年9月3日、月形に樺戸集治監が開設されました。
大正8年の廃監までの39年間に
病死や事故死のために1,046人の方が亡くなられ(囚人並びに殉職者)、
遺族に引き取られなかった1,022人が今も篠津山霊園内の樺戸監獄墓地に眠っています。

町では毎年、この樺戸監獄の開監日に追悼式を行っており、
私は今年初めて参加させていただきました。
例年、樺戸監獄墓地の慰霊碑の前で行われていますが、
今日はあいにくの雨で福祉センターとなりました。

町内外から、道や刑務所等の関係機関、町議他一般参列者、約40名が献花を行い、
続いて日本詩吟学院岳風会月形吟詠会の宮中さん、溝口さんによる献吟がありました。

献吟は重松和義作の「無名開拓囚の霊に捧ぐ」
詩吟の物寂しい響きと詩の内容に、開拓時代の厳しさと困難さを感じ
この月形町の礎となった方々に哀悼の念を抱かずにはいられませんでした。

最後に、郷土史研究会会長の熊谷さんより
「樺戸監獄囚人墓地に関する説明」があり、閉式となりました。
この後、雨が上がった墓地で熊谷さんのご案内により、現地見学が行われました。


私は吉村昭著「赤い人」で樺戸監獄開設当時の過酷な労役や歴史、月形の成り立ちを知りました。今の生活とはかけ離れた話でしたが、その中に出てくる地名や地形は今まさに私が住んでいる場所であり、事件の現場に行けば石碑が立っていて、歴史の中で私達が生かされているのを感じます。そして今日もその歴史の1ページに立ち会いました。
縁あって月形に住むようになりましたが、この歴史を大切にし、そして先人のご苦労に感謝しながら、この町を未来に繋げていきたいと思います。

2007年09月02日

「ちらいおつ遊び塾」オープニングイベント

1年半前に廃校になった知来乙(ちらいおつ)小学校の跡地を利用して、
NPO法人ファミリーサポートセンター聖十字広場が
「体験・遊び、交流」の拠点として「ちらいおつ遊び塾」を開設することになり、
その開所式を兼ねたオープニングイベントが9月1日(土)に開催されました。

当日は、ぬけるような青空と9月とは思えぬ日差しのもと、
食べ物屋台や産直の花・野菜、似顔絵描きや授産施設の物品販売など
たくさんの出店が軒を連ねました。
そこには地元知来乙地区や町内からNPO法人聖十字広場の関係者まで、
赤ちゃんや幼児、小中校生やお爺ちゃん、お婆ちゃんなど大勢の人達でにぎわいました。

その中で、月形のヨサコイチーム「おらおら組」の演舞や
会場が一体となったドラムサークルなど、
大人数での楽しさや力強さ、
知らないもの同士が触れ合う楽しさを味わうことができました。
また、NPO法人ファミリーサポートセンター聖十字広場の多彩さと奥の深さ、
様々な可能性と実力に感心しました。

それからメインイベントのcocoonのコンサートでは、
母親として共感できる歌詞と心に響く歌声に、
私はいつしか涙がこぼれていました。
忙しさに追われ堅くなっていた心がほぐれた一時でした。


今回のイベントを通して、
地域の活性化は「人の力」なくして成り立たないこと、
アイデアさえあればいつでも「人が集える場」を持つことができるということ、
何事も一歩踏み出す勇気が大切だということ、
何かを始めるときに、新しい風が後押ししてくれるということ、
を再確認しました。

私自身も立場を変えれば「新しい風」になれるし、
「新しい風」としての役割を果たさなければとも思った一日でした。

<<前の5件 1234

▲TOPへ戻る